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 眩しい。
その感覚で、オレは目を覚ました。
「むぅ……。」

 生臭い。
次に襲ってきたのはそんな感覚だった。
 ベッドの上では絶対にありえない魚の臭い。
 部屋の中に何かあるのか、そう思って起き上がろうと腕に力を入れた。

 動かない。
布団に包まっているような感覚。だが、障害は布団より硬かった。
 オレは仰向けになり、何に包まれているのか確かめようとした。
 首を起こして、自分の体を見る。
 茶色がまず見える。その下に白。そして生臭い臭い。
ありえない大きさだが、これはまさか……。
「ちくわ!?」
 オレはベッドから転がり落ちた。

 胸から膝小僧の上ぐらいにかけてがちくわの穴の中だった。
 手が使えないので、床に座るようにして起き上がる。
 それから歩いてドアの所まで行く。前に立つとドアは勝手に開いた。
 苦労しながら階段を降り、台所に入る。
「おはよう……。母さん、何かオレちくわに……」
「あらおはよう。」
 答えた母さんもちくわに詰まっていた。


 おかしい。
 あの後トーストを犬食いで食べ、紅茶をストローで飲んで家を出た。
 それから出会った人はみんな体がちくわに詰まってた。
 隣のおばさんも、会社員も、自転車に乗った人も、同級生も……。
「おう、おはよう。昨日のアレ見た?『内角高めで、ボール判定』」
「え?あ、ああ……。」
「大変な事になったよなー、ヒロインは元球審だってバレるし。」
 ドラマよりちくわだろ大変なのは、とか思ってるのはオレだけのようだ。


                  *  *  *


「はい、Xの二乗マイナス9イコール0の時……。」
 先生もちくわに詰まってるから板書なんて出来ない。
 だから口頭だけど、オレ達もノートなんて取れない。
 しかも椅子がない。みんな立ってる。
 友達に理由を聞いたら、
「ちくわが折れるし、椅子なんてオレらが生まれる前からないじゃないか」
とバカにされた。

   ボーっと立ったままで四時間目までが終わる。
 いつも、だからちくわに詰まってない昨日までなら、ここでみんなすぐ弁当を広げ出すのに、
今日はそれをせずみんな机の所に立ったままだった。
 五分ぐらいたってまたチャイムが鳴る。それと同時に今日一度も書かれなかった黒板が裏返り、
真黒い大画面のテレビが出てきた。
 その画面に、水色のカーテンの前に豪華な椅子が一脚置かれた映像が映る。
 右側からおかしな物が歩いてきて、その豪華な椅子に腰掛ける。
 そのおかしな物を、オレは見たことがあった。
だが、それはオレが見た事のあるそれとは、随分様子が違った。
 ゴボウ。
 そのおかしな物はゴボウに似ていた。
 だが、ゴボウじゃない。
オレの知ってるゴボウは手足が生えて何かいないし、こんなに大きくない。目も口もない。
「人間諸君!」
 ……喋らない。オレの知ってるゴボウは偉そうな声で喋ったりしないんだ。
「過去、お前達はごぼ天などと称して、我々の同胞を魚のすり身に押し込み、あろう事か
 熱湯責めにして食すと言う非人道的な行為を行った!」
 ごぼ天って非人道的な食べ物だったのか……。
「その報いがこれだ!自分達の愚かさを嘆くがいい!ゴボウの痛みを知るがいい!」
 画面のゴボウはそう高圧的に言って、ひとしきり笑った後画面左に去っていった。
 そして画面が暗くなり、テレビは黒板の奥に引っ込んだ。
「これでゴボウ陛下のお言葉は終わりです。先祖の犯した罪を悔いながら、お昼を頂きなさい。」
 担任が恐らく毎日同じお決まりの言葉であろう事を言って去って行った。


                 *  *  *


 帰り道、オレはひたすら疲れていた。
 ちくわで歩きにくいというのもあったけど、それ以上に精神的に疲れていた。
 こういう時はいつもの様に(と言っても今までちくわに詰まった事があったわけじゃ ないけれど)
河原に行く事にした。  ここで一人で川の流れを見ながら座り込んでいると、何だか気が晴れてくる時もある のだ。

 河原には先客がいた。麦藁帽子を被ったおじさんだった。
 なるべく離れて座ろうとしたが、ちくわで座れない。仕方ないから膝立ちをした。
「そこの学生さん。」
 おじさんが話しかけてきた。知らない人だけど、そうされた以上答えなくちゃならない。
「何だか冴えない顔をしているね。ちくわの調子が悪いのかい?」
 いえ、調子いいとか悪いとか分かりません。
「なんだい、ちくわが嫌なのかい?」
 いいと思う人間なんていないでしょう、ゴボウに支配されてるし。
「ちくわが嫌な若い人も多いけどねえ。」
 でも仕方ないんだよ、とおじさんは言った。
「この世界はそれが当たり前なのだから。」
 この世界……。ならオレが昨日までいたのはここじゃない。
 オレが立ち上がって去ろうとすると、おじさんはオレの背中に声をかけてきた。
「もし君が」
 オレは始めて振り向いた。
「ちくわのない世界を知っていたのなら、そしてそこに帰りたいのなら、私についてきなさい。」
 君を帰してあげられるかもしれない、とおじさんは言った。


  「ここだよ。」
 おじさんに連れられてやってきたのは、近所の児童公園だった。
 オレも子供の頃、ここでよく遊んだものだ。
 ……と言ってもここじゃない、か。こことよく似た場所と言った方が正確か。
「これに入るんだ。」
 おじさんが数ある遊具の中で指したのは、ちくわ型の土管だった。
 口は大きいけど背は低い。でも覗き込むと中が見えない。
「これに入れば、君は君のいるべき所に帰れるだろう。」
「何でそんな事が言えるんですか?」
 オレが聞くとおじさんは笑って、
「ここからちくわを着ていない人が出てきた事があったんだ。」
「その人はどうしたんですか?」
 するとおじさんは悲しそうな顔になって
「どうすることも出来ずに、ゴボウの言いなりになってちくわを着せられただけさ。」
 と言った。
「その人はここから帰ろうとしなかったんですか?」
 オレがまた聞くとおじさんは首を振って
「勿論そうしようとしたけれど、どうやら一度通った口からは出られないらしい。
 そういう風に出来てるようだ。でも、君なら……」
 おじさんは顔を上げてオレの顔を見据えた。
「全然違う入り口から来た筈の君なら、ここを通る事が出来るかもしれない。」
 おじさんは真剣だった。
 オレは強く頷いて、ちくわ型の土管に片足を入れた。
 土管の中で片足に強い風が当たる。
(これはいけるかもしれない……。)
 根拠もなくそう思って、オレは一旦土管の縁に腰掛けると、さっと中に降りた。

 真っ暗な闇の中を、オレの体は落下していく。
 恐怖はなかった。何だか夢の中のような感覚だったからだ。
 そう言えばおじさんに、挨拶もしなかったなと思った瞬間、突然視界が真っ白になって、
そのまま意識を失ってしまった………。


                 *  *  *


   眩しい。
その感覚で、オレは目を覚ました。
「むぅ……。」

 生臭い。
次に襲ってきたのはそんな感覚だった。
 ベッドの上では絶対にありえない魚の臭い。
 まだ、生臭い。つまりちくわに詰まっている?

   目を開けるとやっぱりまだちくわに詰まっていた。
 起き上がってドアの前に立つと、やっぱりドアは勝手に開いた。
 下に降りて台所を覗くと、やっぱり母さんもちくわに詰まっていた。
 そしてやっぱりトーストを犬食いで食べて学校に行くと、
 やっぱり道行く人たちも同級生も、ちくわに詰まっていた。

 昼ご飯の時間、やっぱり黒板の向うからテレビが出てきて、やっぱり水色のカーテンの前に
豪華な椅子が置かれた映像が映る。
(やっぱり、右側からゴボウが出てくるのか?)
 どうせそうだろうと思い、冷めた目で画面を見ていると、右側から変なものが出てきて椅子に
座った。
 それはゴボウではなかった。色が違う。黄色い。
 それが何かは一目では判別できなかった。
「人間諸君!」
 昨日のゴボウと同じ言葉で、その黄色い物は演説を始めた。
「過去、お前達はチーちくなどと称して、我々の同胞を…………」
 チーズかよ!?
 ちょっと近代化した気がした。


   おじさん、オレ世界移動してゴボウの支配から逃れたけど、今度はチーズに支配されてる。
 オレそんなにちくわに悪い事したかな、とチーズの演説を聞き流しながら思った。



                                <さかなづまり 完>

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