*未成年の飲酒は法律で禁じられています。 |
高台から海を見下ろす、そんな立地条件にこのホテルはあった。 20人前後の少年少女が、そんなホテルの一室にひしめいている。 彼らは皆缶ジュースやビールを片手に、敷かれた布団や畳に寝転んだり座ったりしながら、 話し込んでいた。 午前一時を回ろうかと言う時に、その中の一人の少年が立ち上がった。彼はこの集団のリーダー格で、クラス最後の思い出を作ろう、と旅行を企画した張本人である。 「ちょっと寒いけど、怪談話しようぜ!」 それを聞いた女子の間から「えーわたしコワイー」とか「集まってくるって言うしやめよう」といった、お決まりの言葉が漏れる。男子の間からも「時期外れだ」とか「俺コワイー」といった声が聞こえる。(因みに、「俺コワイー」と言った少年は全員からからかわれ、男女の不平等を思春期の心に刻みつけた) しかし、彼は頑として譲らなかった。確かに今は三月も末で時期外れだし、幽霊が寄ってくるなんて話もあるが、心の奥に「演技でもいいから恐がる女の子に近付きたい!」という欲求があったからだ。そして、それが法律的にはまだ早い飲酒によって、呼び覚まされたようだ。 そんな様子を見ながら、コトネはくすりと笑った。そして、左隣に座った女の子が本当に蒼い顔をして不安そうに震えているのに気付くと、背中をさすってやった。 「どうしたの?」 蒼い顔の女の子の左隣、つまりコトネとは逆側に座った子が、彼女に聞く。 「何か、寒気する……」 さーちゃん霊感強いもんね、と左隣の子が心配そうな顔を作り、背中をさすった。 「お、もう何かこの部屋いるんじゃね?」 それを目ざとく見つけた一人の少年(と言うか、彼はさーちゃんが好きでずっと見ていたのだが)が声を大にして言った。 「おー、雰囲気でてきたじゃん?」 リーダー格はそう言って嬉しそうな顔をした。そして、彼のお目当ての少女の方をちらりと見た。お目当ての少女も、さーちゃん程ではないが不安そうにしている。 お目当ての少女はリーダー格の視線に気付き、言った。 「ねえ、やめようよ。幽霊って話してると寄ってくるって本当よ。昔あたしのお父さんが……」 お目当て少女の話を聞きながら、結局自分が一番に話してんじゃん、とコトネは皮肉っぽく呟いた。さーちゃんが少しこちらに視線を送ってきたが、無視する。 「今のでまた何匹ぐらい寄ってきたんじゃね?」 さーちゃんを見詰めていた少年が、また大きな声を出す。更に彼女を怖がらせようという小学生的発想である。 「えー、そんな事言うなよ……」 さーちゃんではなく、男女の不平等を感じた恐がり少年がボヤくように言った。 「じゃあ、さ」 さっきまでの流れを静観していた一人の少女(彼女はクラスの学級委員だった)が皆を見回す。 「幽霊の出てこない怖い話しよ。そしたら、寄ってこないんじゃない?」 なるほどそいつは一理だ、とやたら芝居がかった調子でリーダー格は額を叩いた。彼はこういうおどけも好きなのである。 「でも、そんな話ってある?」 誰かが言って、皆静まり返った。お目当て嬢の話以降、部屋にいる全員がいつの間にやら怪談大会を肯定する形になっていた。 周りの空気に流されるって怖い、とコトネは心の中で思った。 「ない事は、ない。」 沈黙を、一人の少年が破った。皆、壁際に凭れて空き缶をいじくる彼に注目した。 「あんまり怖くないかもしれないけど」 彼はそう付け加えて、皆を見回した。 「いいぜ、アマノ。」 リーダー格が承諾すると、他の皆も頷いた。ただ、さーちゃんだけが蒼い顔をしていた。 「……じゃあ、話すぞ。」 アマノと呼ばれた少年は空き缶を置き、皆の方に向き直った。 「皆知ってると思うけど」 アマノは皆の瞳を一通り見回して言った。 「俺の家は神社で、そういう不思議な話は事欠かないんだが」 「だから幽霊NG!」 学級委員が噛み付くように言った。彼女も内心怖いらしい。 「まあ聞けよ……で、そう言う事みたいだから、親父が、まあ神主なんだけど、 ちょっと話してくれた事を話そうと思う。」 「怖い?」 現役の神主の、恐らく体験談と言う事で、さーちゃんは前置きだけで怖くなったらしく、心配そうに聞いた。 「それは自分で判断してくれ。」 ニヤリ、とアマノは笑って、まあ俺は怖かった、と呟くように付け加えた。 「まあ神社だしよ、正月に初詣客とか来るだろ?」 うんあたしもアマノ君とこの神社行った、とお目当て嬢が言う。 「いやあありがとう、ウチみたいな何もないような所に来てくれて」 「で話は?」 律儀に礼を言うアマノに、リーダー格は焦れたように言った。彼は最早、お目当て嬢とアマノが会話したこと事体に苛つく程、酔っていた。 「そうそう……。で、まあいっぱい人が来るだろ?普段は暇だけど忙しい。だから俺も手伝って ……気がついたら日が沈んでて、あれだけいた参拝客がいないんだよ。」 コトネはその様子を想像した。昼間は大勢の人間の声や鐘を鳴らす音でやかましい境内が、夜には神の庭としての真の姿を取り戻し、静まり返っている様子を。そう言えば今年は初詣行ってないな、とコトネは思った。 「いやーすごい人手だったな、って親父に言ったら、親父がやけに神妙な顔して言うんだよ。」 アマノはそこで言葉を切って、皆を一回り見渡した。その最中に一瞬目が合い、コトネはドキッとした。 「『アマノ、お前は今日来た中に何人の人間がいたと思う?』ってな。」 「は?」 身を乗り出して聞いていた一人の少年が思わず声を上げる。周りも同じ気持ちだった。 「だろ?『は?』って言いたくなるよな?俺もそう言ったんだ。どういう意味だよ全部そうじゃねえのかよ、 ってな。そしたら親父は言うんだ。」 コトネは息を飲んだ。何となく、何となくだがアマノはこちらばかり見ている気がした。 「『アマノ、お前は今日来たのがみんな当たり前に人間だと思っているだろうが、それは違う。 こう言った場所には、いや神社に限らず色々な所で、人間に混じって人間じゃない何かが存在しているんだ』 ってな。」 「何か、含蓄のある話だな……」 男子の学級委員をやっている少年が、首を振り振り言った。 「で、しかもアイツこう言いやがるんだ。 『お前の学校にも、クラスにもいるんじゃないのか?』 って。」 「じゃあ、もしかしたらこの中にも!?」 派手めの少女が大きな声で叫んぶ。少年少女達は慌てて互いの顔を見合わせた。 コトネもさーちゃんの蒼い顔を覗き込む。さーちゃんは唇を震わせて、下を向いた。 「じゃあ、確かめてみるか?」 アマノはそう言って立ち上がると、電灯のスイッチに近付く。 「ちょっと、そこの電気も消して、あとそこの障子も閉めてくれ。」 アマノの言葉で、窓際の障子で仕切られたスペースにいた四人がそこの電気を消し、畳間に入って障子を引く。 「じゃ、消すぞ。」 そう宣言して、アマノはスイッチを押す。暗闇になった部屋に、お約束の悲鳴が響いた。 「これで何をするんだ?」 リーダー格の問いに、アマノは笑って言った。 「確かめるんだよ。」 そう言って暗闇を見渡した。 「今から、一番から順に一人ずつ番号を言っていってもらう。別に出席番号とかじゃなくて、 水泳の時の点呼みたいに勝手に言っていけばいい。」 「暗くしたのは何で?」 一人の女子生徒が問うた。 「誰がどの番号を言ったか分からなくする為さ。行くぞ、『1』!」 アマノはまず自分から切り出した。 「っ『2』!」 別の男子が続く。多分リーダー格だろう。それからは速かった。 3、4、5、6、7、8、9……と皆が番号を口にしていく。それは暗黙の内に全て了解されているように、誰一人番号を言う声が被さる事はなかった。 「『17』!」 コトネも自分の番が来た事を何とはなしに悟り、番号を口にする。 18、19、20、21、22、そして…… 「『に、23』!?」 さーちゃんがそう言った瞬間、誰かが悲鳴を上げた。そして、部屋の中は混乱とどよめきに包まれた。 何故なら、この旅行はクラスメイトの内22が参加している。23は絶対に読まれない番号なのだ。 「点けるぞー。」 呑気な調子でアマノは言って、電気を点けた。部屋の中の少年少女たちは、皆顔面蒼白でお互いの顔を見回し、あれこれ騒ぎ立てていた。 「誰かが、二回……言ったんじゃないの?」 ボソリ、と男子の学級委員が最もありそうな考えを口にする。 「あ!分かった、アマノだろ!?」 それに助けられたように、さーちゃん狙いの少年が明るさを装って言った。その内側には、そうであって欲しいという願いが見え隠れしていた。 「さあな。」 アマノは笑って言って、部屋の隅にまとめて置いてある酒類の入った袋から、カップ酒を取り出し封を空けた。そして、壁際に寄せられたちゃぶ台の上に置いてある備え付けの湯飲みに、それを注いだ。 「中々怖かっただろ?」 アマノがそう皆を見回して言って、皆はホッとしたような表情になった。けれど、内心ではまだ疑っているような、そんな顔の者もいた。特にさーちゃんは一層蒼くなり、気絶寸前のように見えた。 アマノはコトネの方をチラリと見た。コトネは、アマノの瞳に吸い込まれるような感覚を覚えた。 「23人目のゲストに乾杯!」 アマノはそう言って湯飲みを掲げ、自分は一口も飲まずにちゃぶ台の上に置いた。 次の日の朝、殆どが寝不足の顔をして、ホテルの前で駅まで送ってくれるバスを待っていた。あの後、結局ずるずると怪談大会が長引き、一番最後まで起きていた者などは、30分ほどしか睡眠をとれていないのである。 コトネは皆を見渡して、人数を数えた。コトネを含めて22人。正しい。 けれど、誰か足りないような……。 「よう。」 後ろから声を掛けられ、コトネは振り返る。後ろにはアマノが立っていた。 ああそうだ、彼が足りなかったんだとコトネは気がついた。 「昨日――じゃないや今朝か――は楽しかったか?」 うん、と彼女は頷いた。そして、とても面白い話だったと付け加えた。 「そうか、そりゃよかった。」 アマノは照れたような笑みを見せた。疲れは微塵も見えない。何故なら彼はあれだけの混乱を巻き起こした後、一番最初にさっさと寝てしまったからである。 「実は、あの話にはまだ続きがあってな」 声をひそめて、アマノは言った。 「あの後、俺親父に『じゃあ親父は人間か?』って聞いたんだ。そしたらこう言いやがった。 『それは分からん』ってな。」 バスが丁度、ホテルの前に滑り込んできた。荷物を置いてそこここで談笑していた少年少女達が、皆立ち上がって停まったバスに近付いていく。 「その後続けてこうも言った。 『それは誰にも分からん。本人にさえも、自分が確実に人間であるとは言い切れん。』 ってな。まるで自分がそうじゃないみたいな言い方だろ?」 確かに人間離れしてるトコもあるけどな、とアマノは笑って付け加えた。 「そんな親父の息子だし、俺も人間じゃないのかもしれない。そん時はぞっとしたけど、 今の俺はそれでもいい。」 コトネはハッとしてアマノの顔を、瞳を見た。その瞳は黒く深い闇を湛えているようで、また吸い込まれそうな気がした。だから、彼はわたしをこんなに構うのか。思えばあの話も、わたしに対してしていたのだろう。 彼はそんな事を思うコトネを見つめて更に言った。 「だから、俺は怖がらないぜ。」 そして、荷物を担いでバスの方へと歩いていった。運転手に荷物をトランクに入れてもらい、一番最後にバスのタラップに足を掛け、玄関前に立ち尽くすコトネに手を振った。 ――じゃあな、ゲストさん そう彼が心の中で言っている気がした。 走り去っていくバスを、23人目のゲストはいつまでも見送っていた。 <GUEST 終>
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