背中合わせ

明るい都会の夜の底、悲しい光の明るさよ
あたしは家の玄関の、鉄の扉に背を預け
ただただ小さく蹲り、ただただ一人で泣いていた

目蓋は二重悲しみ一つ 溢れて流れる涙も一つ
淡い光に淡々と 溢れてこぼれた一滴

どうしてあたしは捨てられた?何がいけなかったのか?
答えてくれる彼は何処?救ってくれる人は何処?

ピンポンピンポンベルの音
やめて今は出られない
ピンポンピンポンまた鳴るけれど
やめて今は出られない

――なあどうしたの、とドアの向こう
友達の声するけれど ゴメン今は会いたくないの
――なあいるんだろ、とドアの向こう
ゴメンいないの昔のあたし 貴方の知ってるあたしはいない

彼の声はまだ響く けれどあたしは出られない
泣いてるなんて格好悪い お願いあたしを一人にしてよ

あたしに昔思いを伝え 純粋にただ“愛する”と
言ってくれた彼の声 今も昔も変わらない
そんな優しい彼の声 あたしはその頃分からずに
只一言で切り捨てた
――ゴメン、好きな人いるから

その人は今あたしを捨てた 終わりにしようの一言で
その人は今好きじゃない ホントに好きなのあたし誰?

今の立場で思ってみれば 昔のあたしもそうだった
あの頃ただの一言で 彼の思いを切り捨てた
今なら分かるあの時の 彼の涙に潤んだ目
そうか、ゴメンと駆けてった あの日の夕日と長い影

いつの間にか眠ってた 玄関先で蹲り
いつの間にか乾いてた 涙が落ちた手の甲が

時計を見たら三時五分 あれから四時間眠ってた
流石に少し落ち着いて 痺れた足を伸ばし立つ

そう言えば誰かが 尋ねて来てたような
扉の向うに声かける いる筈ないと思っても
何だか気になり声かける
意外な事に返事が返る
――よかった元気になったね、と

――ゴメン心配かけちゃった
――いいよ元気になったなら
――ちょっと上がってお茶でもいかが?
――うん頂くよ、ありがとう
――あの時ゴメンねあんな事 立場が変わって漸く分かった
――いいさ君は君のまま 君の思うまま生きなさい

明るい都会の夜の底、悲しい光の明るさよ
あたしは家のベランダの 鉄の柵に寄りかかり
ただただ朝日を待ちながら ただただ二人の時にいる


<背中合わせ 終>

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