四 ラノベかあ……、読みはしねえなあ その2 「この間から俺、図書館に通ってるんだけど」 「意外ね、あんたが図書館なんて」 露子の言うとおり、優歌にも体育会系の印象を外目からは受ける松代に、図書館は似つかわしくないように思えた。 「エミリさんに言われて、俺も本を読むようになったんだよ」 せっかく自由創作部のメンバーになったのだから、本を読むようにしたらいいとエミリに言われたのだそうだ。 部室にあるミステリも手にとってみたが、読書の習慣がないせいか進めるのが難しく、それならば、とエミリが初心者向けに別の本を薦めてくれたのだという。 「そこから段階を上げていけって」 「因みに、どんな本ですか?」 まさか『ネオ桃太郎』では、と優歌は背筋が寒くなる。 「何か、手を洗おう! みたいな絵本」 「……死ぬまでにミステリにたどり着ければいいですね」 得意げに言う松代に、力なく優歌は笑いかけた。 「そこで、俺の方を毎日ちらちら見てくる女の子がいるんだよね」 それは、高校生がそんな本を読んでるからだと思いますよ。そう思いながらも、こんな所で時間を取ってはいられない、と優歌は別の言葉を選んだ。 「き、きっとその人もマッツ先輩の純真さが気になるんですよ!」 「そう思うだろ!」 目を輝かせて顔を上げる。単純で、少しかわいいと思ってしまった。 「でよ、でよ、声をかけようと思うワケよ」 マッツは興奮気味にうなずく。 「でも向こうの名前も知らねえわけじゃん? 何て言ったらなあって……」 第一印象が大事だろ、とマッツは人差し指を立てて振り回した。 既に第一印象は『高校生なのに幼児向けの絵本を読んでいる変態』で固定されているだろうが、それに優歌は敢えて触れなかった。 「なるほど、そういう事ね」 ここまで来るまでえらく長かったわ、と露子が溜息をつく。 「因みにデッちゃんは何かアドバイスしたの?」 「誰がデッちゃんだ。一応は、な」 「何て言ったんですか?」 現実女性がダメな男が、一体何の経験から物を言うのか優歌も気になった。 「これは恋愛ゲームでは古典と言われる部類の作品でも見られる、非常に典型的な例だ。それに倣えばここは恋愛映画か、植物園に誘うべきだ、とな」 「……まあ、先輩はそうですよね」 よく考えれば当然である。聞いた自分がバカだったと後悔した。 「映画に誘うのはいいチョイスなんじゃない?」 「いきなりハードル高くないですか」 誘われた女の子もびっくりしてしまうだろう。 「恋愛映画でいいムードを作るのよ。この間テレビでやってた『マディソン郡の橋』みたいなヤツ!」 「俺、恋愛映画ダメなんだよ……寝ちまう」 「そこは頑張んなさいよ」 「因みに、どんな映画が好みなんですか?」 「んー、さっきのだったら『マディソン軍の橋攻防戦』なら見てみてえな」 「戦争アクションにも程があるタイトルね……」 「アパム! 弾持って来い! アパーム!」 「それ別の映画ですから!」 前触れなく入ってきた神崎にツッコミを入れ、優歌は咳払いする。 「好みの問題もあるし、一回目から映画はやめといた方がいいですね」 「どこかに誘うのは難しいってわけ?」 「初対面ですし、ご飯……いや、お茶ぐらいが無難かと」 「優歌ちゃん恋愛上手だな」 「そ、そんなことないですけど……」 自分もドラマやマンガの知識で言っているのだから、神崎を笑えないなと思う。 「んじゃあ、ここは地の利を生かすべきね」 「地の利?」 「図書館でしょ? だったら本棚の奥に連れ込んで、押し倒せばいいのよ」 「アホですか! あんたは!」 思わず今までしばらく押さえていた本音が出た。 「誰がアホよ! 効果的な戦術よ! あたしが観た別の恋愛映画でも使われていた技なんだからね!」 「どんな馬鹿映画ですかそれ! それからマッツ先輩も『その手があったか』みたいな顔しないの!」 傍で手を打つ松代にも厳しくツッコミを入れる。 「女子的にはありなんだろ、それ? だったらやるのが健康な高校生男子だぜ!」 無駄な爽やかさを漂わせ、松代はサムズアップした。 「ありあり。ゴーゴー夕張よ、ヤッチマイナー!」 「なしです!」 「優歌ちゃんがなしなら止めとくわ」 「どうして!?」 松代の至極真っ当な判断に、露子は抗議の声を上げる。 「こんな彼氏いない歴イコール年齢の小娘と、高二にして三人の男を知るあたしと、どっちが恋愛経験豊富だと思ってるのよ!?」 「部長は年齢的には高三だろう」 「外野は黙ってなさい!」 的確なツッコミを入れた神崎を一にらみし、露子は松代に向き直った。 「あの子は清楚な感じだから、優歌ちゃんの意見の方が当てはまるんだよ」 「清楚ぶってる女の方が、計算高いんだからね!」 「じゃあ、全裸のあんたは計算なしに即交尾かよ。サルっつーか、昆虫だな」 露子はふらふらと歩くと、本棚とソファーの間の空間に膝を抱えて座った。憐れむ目でそれを一瞥し、優歌は松代に提案する。 「……とりあえず、図書館に行ってみません? わたしもその子見てみたいですし」 「なるほど。『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』か。伊東はなかなかの孔明だな」 「はあ……どうも?」 褒めているのかなんなのかよく分からない神崎の言葉に、とりあえず曖昧な返事をしておいた。 「よし、『兵は神速を貴ぶ』だ。二人で行ってくるといい」 「いいんですか、留守番任せて?」 露子の背中をちらちら見ながら、優歌は尋ねた。 「そこのヒロインに到底なれない女なら、放置しておけばいい。何、二時間もすれば立ち直るさ」 別にやることも今はないだろう、と神崎は付け加えた。 「分かりました。じゃあ、行きましょうか」 「お、おう……」 もう緊張しているようだった。優歌としてみれば、下見だけのつもりなのだが、何をするつもりなのだろうか、とやや不安になった。 |