六 ボクは名探偵 推理編 「さあ、御主人様! 『萌え萌えじゃんけんピョン!』始まりますよー!」 「モッエ、モエーッ!」 壇上のメイド姿の女性が宣言すると、それを取り囲む男たちは拳を突き上げて絶叫した。 そんな喧騒を尻目に、神崎は窓際のボックス席でコーヒーをすすった。 「独特の雰囲気だな、ここは……」 向かいの席の美咲は奇怪なものを見つめる目で、メイドに群がってグーやらチョキやらを出す男たちの群れを見ていた。 「でも美味しいわね、このオムライス」 その隣に掛けた七条露子は、のん気な口調でスプーンを口に運ぶ。優歌と分かれたあの後、三人で道を歩いていると、突然道路脇の茂みから現れ、そのままここまでついてきたのである。 「どうぐの十三番目でセレクトボタンを押したつもりはなかったんだがな」 「は?」 こちらの話だ、と神崎はカップをソーサーの上に戻した。 「にしてもさ、デッちゃん」 「誰がデッちゃんだ」 眉根を寄せる神崎に、美咲は怪訝な顔をする。 「前から思っていたんだが、どうして神崎はその呼び名を嫌がるんだ?」 「ハンドルネームをリアルで呼ばれるのは抵抗があるだろう」 そういうことだ、と言ってから神崎は心の中で「朝霧氷愛魅火なんて名乗ってたヤツに言ってもムダか」と呟いた。 「ふむ。ならば、私が新しい別のハンドルネームを考えてやろう。それを使えばいちいち訂正しなくて済むぞ」 「いや、俺は……」 顎に手をあてて考える美咲の姿からは、嫌な予感しかしなかった。 「神有月矢魔人か……、黒龍院白夜だな……」 「現状維持で頼む」 神有月はともかく、黒龍院はどこから出てきたのか、と悩む神崎であった。 「しっかし、マッツもよくやるわよね。ここにも美少女が二人いるのに」 喧騒の中心を横目で見ながら、露子は溜息をつく。無論、あの中には松代も混じっているのであった。 「美少女はともかく、女連れでメイド喫茶とは、爆発しろと言われても仕方ないな」 「美咲ちゃんもメイドの格好したらいいじゃん? マッツ喜ぶかもよ?」 「ぶ、部長殿、何を言うんです! 私じゃ喜ばないでしょう」 あれから、師匠と呼ぶのはさすがにやめた美咲であった。 「いやいや、大喜びよ。うっひょひょー、とか言って」 「そんな奇声を上げているマッツは、ついぞ見たことないが」 「イメージよ、イメージ! 真面目な話、キープしとかないと、エミリに取られるわよ」 ほう、と神崎は感心したように言った。 「真倉はマッツが好きなのか? そうは見えないが」 「二次元に埋没してるあんたにゃ、分かんないのよ」 「恥部を隠すことも知らない人間に言われるとはな」 因みに、今は一応制服を着ている。 「エミリのヤツ性根が腐ってる上に策士だからね、あの飛び道具を、胸を有効利用されたらまずいわよ?」 「確かに圧倒的戦力差……」 美咲は自分のそれを見る。控えめなふくらみだ。 「胸の大きさが、戦力の差ではないわ!」 「確かに、パイロットの技量によると、暗に少佐も言っていたか……」 「そう! パイロットよ! マッツはあんたを狙って声を掛けたんだから、そのアドバンテージを生かすの!」 あんな性悪牛チチムッツリ女に負けんな! 無闇にガッツポーズを作って、露子は煽り立てる。その向かいで、冷静に神崎は言った。 「性根が腐っている、以降の発言は録音させてもらった。明日当人に開示する」 「やめろ!」 真顔で、露子は立ち上がる。 「部長殿がそれほど恐れるとは……。エミリに一体どんなソーラーレイが……」 「いや、あんたこの間食らってたじゃない」 露子は拍子抜けしたように言った。だからこそ親身になってるのに、といった様子だ。 「あれは、実行するやつが悪い!」 断固として優歌とは対立するつもりらしい。 「まあ、分からなくもないけどね。優歌ちゃんってノリも悪いし」 「いや、ノリはいい方だろう。ツッコミも磨きがかかってきたし、文芸部の手伝いどころか、『クーゲルシュライバトル』や探偵の助手なんて無茶振りもやっているぞ」 「でも全裸にならないわ」 不当な扱いを受けていると言わんばかりに、露子は憮然とした。 「あのエミリですら、下着までは見せてくれたのに」 「それは着替え中の話だったと聞いたが」 自分どころか他人まで同類に巻き込むのが、この怪人ゼンラ女の恐ろしいところである。 「あゆみちゃんだって、全部脱いでくれたし」 「それも無理矢理脱がしたのだろう? たまたま吾郎さんが来て、かなりの騒ぎになったと聞くが」 「……なんであんなタイミングで来るのよね、あいつも」 自分は悪くないかのような顔で、露子は溜息をつく。 「あれが引き金になって、別れたのだったか」 「う、うるさいわね! 妹を剥いたくらいであんなにも怒る方がおかしいのよ!」 「それを鷹揚に流せる男は、兄を名乗れんだろうよ」 神崎がそう言った時、彼の隣から低く唸るような音が聞こえた。 「おっと失礼」 「なあに、お尻に入れてるやつの音?」 「その品性のない口を閉じるがいい。鞄に入れてるやつの音だ」 神崎はそう応じて、携帯電話を取り出し耳に当てる。 「戸川か。今丁度君の貧相な裸体について話していたところだ……」 そう言いながら、神崎は席を立った。 「あいつの方がよっぽどセクハラ発言じゃん」 「しかし神崎は、何故あんなにあゆみ卿に冷たいのか……」 「あら、分からない?」 にやにやしながら、露子は言った。 「嫌い嫌いも好きの内。そういうことだとお姉さんはにらんでるわ」 そしてあたしに冷たいのも……そう言ってくふふふと露子は笑った。 「今、一つだけ分かったことがあります」 そんな彼女に不審げな眼差しを送り、美咲は言った。 「部長殿の見立てはあてにならない」 次の日、優歌が教室に入ると、深刻そうな顔でルミが話しかけてきた。 「優歌ちゃん、優歌ちゃん。ちょっといい?」 辺りをきょろきょろ見回している。人目をはばかる話のようだ。学園探偵部の件だな、と優歌は想像した。 一年C組の教室は、まだ始業には少し早いこともあり、人影はまばらだ。それでも念のために、と二人は場所を変える。校舎の奥、非常階段の辺りなら誰もいないということで、そこへ移動した。 「探偵部への依頼の事なんだけどさ」 薄暗い中、ぼそぼそとルミは切り出した。 「あの後、部室で先輩たちと話し合ってたら……」 断ることになったのだろうか。あの木原という副部長は、相当いらいらしていたようだし、考えられる。 「犯人が、のこのこ部室に来たんだ」 「はい!?」 想像を超えた内容に優歌は思わず大きな声を上げる。しっ、とルミが唇に人差し指をあてた。 「誰だったの、犯人?」 「何かね、ダブりの人なんだって」 そう言われて、優歌の脳裏に全裸の女がちらつく。ま、まさか! 確かに制服を切り裂いたら、裸にならざるを得ないけど……。 「三年生の理科部の人」 よかった、違った。ここ一ヶ月で一番ホッとした。優歌の様子に構わず、ルミは続ける。 「その人その人、元生物部で、作った合鍵持ったままにしてたんだ」 生物部の部室の頃から、鍵は替えていなかったらしい。昨日、あゆみは「ドアから入ってドアから逃げた」と言っていたが、合鍵を持っているなら、その条件にも当てはまる。 「部室の前うろうろしてたから、部長が『何してんだ!』って言って」 逃げようとした男に追いつき、取り押さえたのだという。そこは陸上部の面目躍如と言ったところか。 「そいつさ、かなりかなりマヌケで、山畑先輩が『あなたが犯人?』って聞いたら、『俺はお前らの部室に入ってない』って言って」 「うわぁ……」 陸上部の事件についてはオフレコだったはずだ。犯人、という言葉だけで「部室に入った」という連想ができる部外者は、それを実行した者だけである。 「生徒指導室に引き渡して、一件落着したよ」 「じゃあ、依頼は……」 「取り下げかな? 部長が悪かったって言ってたよ」 後でお詫びに来るそうだ。散々引っ掻き回しただけで何もしていないんだから、こっちがお詫びをするべきなんじゃないだろうか、と優歌は戸惑った。 朝のホームルームが終わって、廊下に出た野川教諭を、優歌は後ろから呼び止めた。 「おう、どうした伊東?」 今日も今日とて白衣姿の国語教師は、気楽な調子で優歌に応じた。 「どうした、じゃないですよ。何ですか、学園探偵部って?」 「大鷺高校内で起こる事件をバシッと解決! それが学園探偵部だ」 「いや、定義を聞いてるわけじゃなくて……」 依頼持ってきたでしょ、と優歌は非難がましい目で野川の顔を見た。 「ああ言うの、投げたりするのって、どうかと思いますよ?」 「前も言ったけどな、伊東」 壁にもたれて、野川は肩をすくめた。 「高校生にもなって『先生、先生』言ってんじゃない。お前らで解決できることは、お前らでやるんだ」 できる程度の問題だっただろ、と野川は言った。 「まあ、確かに……。と言うか、全然出る必要がなく、解決しましたけど」 バツが悪くなって、優歌は俯く。むしろ邪魔をしたような気持ちであった。 「解決、か」 「どうかしましたか?」 難しい顔をする野川に、優歌は首を傾げる。 「本当に事件は、市川の依頼は終わったのか?」 「ルミちゃんの依頼?」 優歌は昨日のことを思い出す。確かあゆみは、迷わず亜衣に話しかけていた。だから優歌は、依頼者は小池亜衣の方だと思っていたのだが……。 「昨日、俺は市川が珍しく暗い顔してるから、声を掛けたんだ。それで、先生に言えないならカウンセラーか、伊東が助手をしてる『学園探偵部』を頼れ、と言った」 「あの、助手は昨日突然任命されたんですけど……」 優歌の訂正を無視して、野川は話を続ける。 「その時、市川は何で悩んでいるのか、は教えてくれたんだ」 野川の語った市川ルミの悩みは、優歌の想像していたものとは違っていた。 昼休み、優歌はメールであゆみに呼び出された。ルミと亜衣に、事件の後始末だと思う、と言ってランチの誘いを断り、弁当を持って部室へ向かった。 メールの文面によると、昼御飯を食べながらの捜査会議だという。やはりまだ、事件は終わっていないのだ。 中では、あゆみとエミリ、神崎と美咲、そして何故か吾郎が待っていた。パイプ椅子やパソコンの回転椅子、ソファーを丸く並べて、各々昼ごはんを広げている。 「あゆみ先輩、こんなたくさんの人に事件のこと話していいんですか?」 部員で助手をしていたエミリや、昨日電話で頼みごとをしていた神崎はともかく、吾郎や美咲など部外者ではないか。 「もちろんさ。みんなの情報を総合する必要がある」 どこかふわふわとした印象のある普段よりも、彼女の表情は引き締まって見えた。 「揃ったようだし、始めよう」 あゆみがそう言うと、吾郎が一つうなずいて口を開く。 「昨日、女子陸上部の部室に忍び込んだかどで、三年生で理科部の渋井という男が停学になった」 弁当を広げながら、優歌は吾郎の話に耳を傾ける。 「渋井は生物部時代の鍵を用いて、去年からたびたび女子陸上部に侵入していたらしい」 「去年卒業できなかったのも、カンニングがバレて、でしょう? 救えない人」 「侵入して、何してたんですか?」 「それは、あまりお昼時に話す内容ではないが……」 「構わない。話してくれ、永治」 美咲がブロック状のビスケットの袋を開けながら、口を挟む。 「私は永治ではない。と言うか、何故君がここにいるんだ?」 例の『クーゲルシュライバー』をやった日、美咲に追い掛け回されていたせいだろう、怯えてはいないが、吾郎は明らかに身構えている。 「それはここにいたら、またヨハン・リッカー様に会えるかもしれないから……」 目の前にいますよ、と優歌は心の中で呟く。 「そうか! 君もヨハン・クリストフ・フリードリッヒ・フォン・リッカーのファンか!」 一気に警戒を解いた。自分のファンだと言われて、悪い気がしないのだろう。 「まさか、永治も!?」 「だから、吾郎だ。何を隠そう、私はこの学園で最もヨハン・クリストフ・フリードリッヒ・フォン・リッカーを理解している男でな」 そりゃ本人なんだから一番よく知っているだろう、と優歌は呆れた目で吾郎を見た。 「そうだったのか、吾郎殿!」 「うん、名前を覚えてくれて非常に嬉しい」 「最も理解しているのなら教えてくれ! 次はいつ現れるんだ!?」 「大鷺高校が危機に陥った時、風にその名を呼ぶといい」 「そうか! その時は私も一緒に戦おう!」 目を輝かす美咲と、満足げにうなずく吾郎。見かねて、神崎が口を挟む。 「吾郎さん、ヨハン・リッカーも素適ですが、今は事件のことを」 「おお、そうだったな。美咲くんとやら、また後で語り合おう」 「うむ。話の腰を折ってすまなかった」 やっと話は本題に戻る。 「渋井は女子陸上部の部室で、脱いだ後のソックスを使って、その……」 ちらり、と吾郎は向かいに座るあゆみを見やる。言い難いことのようだ。 「まあ、くんかくんかしていた、と」 「うええぇ」 変態にも程がある。お昼時にする話ではないの意味を、優歌は心底理解した。 「うむ、そうしておこう。取りあえずそういう訳で、渋井は退学になるやも知れんな」 神崎のフォローに、吾郎はうなずいて見せた。 「それでお兄ちゃん、生徒指導の先生に聞いてくれた?」 そうか、吾郎は風紀委員長だった。部長の元カレやらヨハン・リッカーやらで忘れていた。優歌はここに彼がいる意味を、ようやく理解した。 「ああ。鍵ならば渋井は持っていなかったそうだ。落としたと言うが、それがどこまで本当かは疑わしいものだな」 風紀委員は、生徒指導部の下部組織のような側面がある。渋井という三年生の証言やら何やらを、妹のために聞き込んできたのだろう。 「鍵は今、その渋井さんは持ってないんでしょうか?」 「ボクは持っていないと思うね。賭けてもいいよ」 「あゆみがそう言うなら、私も持っていない方にマッツの魂を賭ける」 「ちょ、ここにいないのに!」 この風紀委員長、平気で手の平を返した上に、人命を無断でベットしやがった。 「持ってないって理由は後々説明するよ。次は神崎くんお願いできるかな?」 「いいだろう」 神崎はすくっと立ち上がった。リアルボク少女を毛嫌いする彼も、こういう場面ではなんだかんだで、あゆみを助けているらしい。性癖は特殊だが、善良さでは自由創作部随一だな、と優歌は思う。 「昨日、戸川から電話があった後、被害にあった高森という一年生のことを調べてみた」 「制服を切られた子だったか」 吾郎の問いに神崎はうなずいた。 「中学三年生の頃、四百メートル走で県の中学生記録を出した。陸上部が強い学校から推薦の話も来たらしいが、全て蹴って母親の母校である大鷺高校に入学した」 「何で、そんな……」 「陸上をこのまま続けても仕方ないと思ったんだそうだ。趣味的に、気楽にやっていきたいんだろうよ」 「うーん、わたしにはよく分からないです、その気持ちは」 中学生の頃はきっと陸上に打ち込んできただろうに。そして成果も出したのに。やりたいことがない、と悩む優歌には理解しがたかった。 「陸上は結局、外国人選手が強い。留学生などを見て虚しくなったのかもしれんな」 「ああ、そういうのもあるんですかね……」 吾郎の言葉に、しかし納得までとは行かない優歌であった。 「わたしが聞きこんできた情報でも、そういう話が出てきたわ」 神崎が席に座るのと同時に、エミリは話し始めた。 「女子のエースは、副部長の木原さんのようね。大町さんは、選手としては中の上ぐらいだけど、協調性の高さを買われて部長に推薦されたみたいね」 「まあ確かに、昨日見た感じでも木原さんは愛想が悪かったですもんね」 「練習中も厳しいらしいわ。その高森さんとも、この一ヶ月の間に二度ほど衝突しているようね」 「衝突、ですか……」 「強豪陸上部ってワケではないから、高森さんは気楽にやりたい。でも木原さんは真剣に打ち込んでいる。そういう点で意見が合わないのかもしれないわ」 それから、とエミリは付け加える。 「木原さん個人のことなら、もう一つ、山畑さんというマネージャーともあまり仲がよろしくないみたいね」 そう言えば昨日も険悪だったな、と優歌は思った。どこかふざけているようなあのマネージャーとは、真面目な彼女はそりが合わないのだろう。 クラブの中、敵だらけじゃないか。少しだけ、仏頂面の副部長に同情した。 「それにしても、お二人ともどうやって聞き込んできたんですか?」 「わたし、こう見えてオトモダチが多いのよ?」 エミリの口にする「オトモダチ」が、一般に使われている「お友達」ではないような気がして、優歌は背筋が寒くなる。 「俺はネットの検索だな」 「いやいやいや、どんだけネット万能なんですか!」 陸上の大会の記録ぐらいはあるだろうが、高森のプロフィールなんてどこに落ちているというんだ。 「何を言う伊東。最近はブログだのSNSだの、ソーシャルメディアが普及している。そういうものは大体、リアルのコミュニティを下地に構築されているだろう?」 「インターネットってあんまりしないので、分かりません」 優歌の一言で、神崎は説明を続ける気力を失ったようだ。 「……このご時世にそれとは、部長よりも全裸が似合うのは君かもしれんな」 「す、すいません」 がっくりとうなだれる神崎に、「セクハラですよ!」とツッコむのは気が引けた。 「やるな、神崎。出身中学のコミュニティを辿って、高森を特定したのか」 美咲はそうフォローをして、優歌を得意げな顔で見た。 「パソコンを触ったこともない、北京原人で進化を止めたヤツには難解な話だったか」 「誰が北京原人ですか! て言うか北京原人じゃ現生人類に繋がってないし!」 少しは頭のいいところを見せようと、優歌はやや捻ったツッコミをした。 「大体、中村先輩は何でここにいるんですか?」 「頼みごとがあると、そこのあゆみ卿に呼ばれたのだ」 そう言って右手をあゆみに向けた。当の彼女は、革の手帳に何かを書いている。 「伊東こそ、報告があるなら早くしろ」 「え? わたしは……」 報告することなんてなかった。調査は特に頼まれていないし……。 「ないのか。それでも助手か、お前は?」 言い返せない。助手であることなんて、どうでもいいはずなのに。自分だけ頼られていないという状況が、すごく辛かった。 優歌が絶句している横で、携帯電話のバイブ音が鳴る。あゆみの物らしい。彼女はそれを耳に当て、しばらく何かやりとりをすると、電話を切って優歌と美咲の方に向き直った。 「陸上部の部室を調べてた部長とマッツくんから、連絡があったよ」 「何を調べてたんです?」 「凶器」 「はい!?」 殺人事件でもないのに。ついに妄想が事件にまで影響したか、とまで優歌は危ぶんだ。 「制服を切った刃物のことだな」 「ああ、そうか」 「ふん、そんなことも想像が付かないのか」 ちくちく美咲が突付いてくる。まるで小姑だ。 「これで、謎を解くにはあと一手」 そう言いながら、あゆみは優歌の肩に手を置く。 「優歌くん。昨日言った君の出番だよ」 「わたし、ですか?」 「あの子を呼んできてほしい。まだ昼休みは時間があるだろう?」 誰を呼んでくるのか。その名を聞かされて優歌は、眉根を寄せる。できれば彼女一人で来させてほしい、とあゆみが付け加えたからだ。 |