七 わたしの普通が自由を生かす その2 「となると、優歌くんも自分のクラブにまつわる創作物を出すのがいいかな?」 「何部扱いになるのかしら?」 ここにいる二年生は、美咲を除けば、言うまでもなく合併前のクラブの活動を引き継いだ面々である。 「自由創作部だ」 そうエミリに応じたのは、神崎だった。確かに彼の言うように、優歌は自由創作部という枠組みができて以降の部員である。 「すなわち、伊東は、史上初の純粋な自由創作部の部員と言えるだろう」 「具体的に、それは何を作るのかしら?」 「絵描いて、小説書いて、プログラム組んで、それと平行して探偵業しながら、模造刀をところかまわず振り回しつつ、山に登るんじゃない?」 「後半どんな変態ですか……」 優歌はげんなりと、冗談か本気か分からない口調で言う露子を見た。 「あんたの未来の姿よ」 「嫌ですよ!」 「より正確にやるならば、全裸で毒を吐きながら三次元から逃避して、華麗な推理とイタい設定で周囲を煙に巻きながら、時々着ぐるみを着てみたりもしないとね」 「もっと嫌です!」 「さっきから私の部分ひどくないか……」 やっぱり冗談か本気か分からないあゆみの言葉に、優歌は声を荒げ、美咲はぼやいた。 「先輩全員の長所を詰め込んだ超ハイブリッド生命体というわけね」 「ハッピーバースデーイ! 新しい優歌ちゃんの誕生だ! ケーキ作って祝おうぜ!」 エミリが横から乗っかってきた。松代も、彼女の言葉に拍手する。 「合体事故はなはだしいな。月齢には気を付けろと言っておいたはずだが」 「何の話ですか……」 わざとらしい神妙な顔つきで言う神崎に、力なく優歌はツッコんだ。 「冗談はさて置き」 「え? あたし超本気だったんだけど!?」 「ボクもだよ!」 意外そうな顔をする二人を見て、改めて恐ろしい人たちだと思う優歌であった。 「神崎くんの言わんとすることは分かったわ」 エミリの笑顔は心なしか、いつもよりもかげったように見えた。 「知っているかしら? 長所だけを寄せ集めたハイブリッドなんて、どんな作品でも悲しい結末しか待っていなくてよ」 神崎は何も言わずに彼女の顔を見つめている。 「わたし達は、でたらめな笛の音で集められた羊の群れ。笛を吹いたのは、クソッタレた現実。草の茂る場所も飲める水の場所も知らないくせに、闇雲に荒野を引っ張りまわす悪い羊飼い。そうしてつれて来られたのは住み慣れた小屋ではなく、屠殺場。機械的に順々に殺されて、並べられ、晒されていった。それがわたし達の不幸」 普段の口調からは考えられない、また彼女のたおやかな容姿に似つかわしくない声音であった。もっとも、時折いともたやすく行なうえげつない行為などを知っていれば、納得できるレベルではあるが。 「不幸、か。君は相変わらず、合併したことを今でもそう感じているんだな?」 「ええ、そうだわ。でも、あなた達が悪いのではないの。それこそミンチを作るみたいに、機械でぐちゃぐちゃにされてしまったことが、許せないのよ」 「エミリ……」 あゆみがそっと彼女の腕に寄り添う。エミリは彼女の肩を抱いた。 「ねえ、優歌ちゃん。新入部員なんて、本当はいらないの」 胸に抱いたあゆみの髪に顔をうずめたまま、エミリは言う。 「ちょ、エミリさん……!」 松代は咎めるような口調でエミリの名を呼んだ。いつになく厳しい表情であった。顔を伏したままの彼女は、かぶりを振る。 「これ以上の混沌は、わたしも望むものではないわ。あなたもそうでしょう?」 優歌は何と答えていいのか分からなかった。顔も見えないのに、目の前のエミリが自分をにらんでいるように思えた。らんらんとした、赤い瞳で。親の仇でも見るように。 「その不幸と混沌の中でも、もうやめたとは言わないのだな」 エミリは顔を上げた。優歌の思っていたような表情とは真逆の、ふんわりとた笑顔だった。対称的に、あゆみは泣き出しそうな顔で、それを見上げている。 「勿論よ。世の中、順風満帆にうまくいくことの方が少ないわ。けれど、凪も嵐もいつか終わるものではなくて?」 「そうだな。そして、今がその『いつか』」 そこで神崎は優歌に視線を戻した。二の腕を抱いてやり取りを静観していた彼女は、びくりと体を震わせた。 「君が不幸と呼んだことが、それを終わらせる彼女を連れてきた」 「なるほどね。救世主は、いつも小汚い飼い葉おけの中にいるってわけか」 露子は口角を吊り上げ、目を細めた。普段とは違う、妖艶な雰囲気があった。 「きゅう、せい……しゅ?」 非日常的な単語の登場に、優歌は目を白黒させた。 「混沌とした世に新しい秩序を与え、次の時代を開くのが救世主の役目」 つまりさ、とうっとりしたような表情で露子は優歌を見据えた。 「あんたのことよ、優歌ちゃん」 「え!? いや、意味がよく分からないんですけど……」 勝手に完結しないでほしい。傍で美咲が、多分全く別の意味でとらえて驚愕しているし。 「伊東、お前が救世主だったのか! 道理で私の奥義が簡単に受け止められたわけだ! 第四の壁をも破り、地獄の太陽を退け、預言書に記されし約束の都を天上から降ろすという……」 「美咲、後で聞いてやるから、今はちょっと説明聞こうな」 松代は美咲の肩を掴んで妄言を止めた。 「少しもったいぶっちゃったけど、簡単に言うわ」 露子は妖艶な笑みのまま続ける。 「この自由創作部が、大鷺祭で何をするのか。あたし達を使って、どんなものを作りたいか。優歌ちゃん、あんたがそれを決めるの。それがあんたにふさわしい、大鷺祭で出す創作物だっていうわけ」 分かる? と首を傾げた彼女はいつの間にかいつもの笑顔に戻っていた。 「つまり、わたしがこの部の展示の責任者になる、ってことですか?」 「そうよ」 責任者を救世主だなんてそんな大袈裟な、と優歌は内心思った。反面、それだけ大きな役回りなのかもしれない、とも思う。 「責任者って結構大役なんですか?」 「ううん。まあ、ぶっちゃけ超絶面倒くさ……」 「しっ!」 言いかけた露子に、神崎が唇に人差し指をあてて見せた。 「……今、面倒くさいって言いませんでした?」 「ウウン、イテナイヨー。ブチョー、ナンノコトダカ、ワカンナイネ」 「じゃあ、何で片言になるんです!?」 全裸で過ごすなんてことをしているせいか、露子は誤魔化すのは苦手なようだ。 「て言うか、今までの流れって、わたしに大鷺祭の責任者押し付けるための茶番なんですか!?」 「このクラブはな、伊東。忘れられがちだが、演劇部も含んでいるんだ」 「……それは認めたってことでいいんですか?」 「そんな事に引っ掛かっている場合か、伊東」 神崎は首を横に振った。 「確かに君が来る前に、みんなで打ち合わせはしたが……」 「したんですか!?」 「一部打ち合わせどおりには、運ばなかったけれど」 「アドリブが過ぎたところはあるな。こんな芝居がかった話になるとは」 「そうさせたのは誰かしら?」 エミリが向けた視線は鋭いように思えたが、意に介さずに神崎は続ける。 「何、問題は、伊東が引き受けるか否かだ」 「すりかえられた気がするんですけど……」 「鋭いな、その通りだ」 「認めた!?」 正直にそう言って、しかし、と神崎は付け加える。 「誰かがやらなきゃならん役目だ。そして俺も真倉も部長も、君が適任だと考えている」 「……どうしてわたしなんですか?」 と言うより、わたしでいいんですか。優歌が真に聞きたいのはこちらであった。 「だって一年生だし……」 「年齢的に一番上なのに、残念さでも一番上な人がいるこの部では、年功序列は適用されなくてよ」 「誰よそいつ、情けないわねー」 自分のことだと分かっているのかいないのか、エミリの言葉に呆れたような口ぶりで露子は同調する。 「エミリ先輩、さっきわたしのことなんていらないって……」 「いらないのは新入部員」 注釈を加えるように、エミリは言う。彼女の口にする「新入」は「侵入」という意味のようにも聞こえた。 「忘れたの? あなたの入部届けを誰が用意したのか」 そう言えばそうだ。あの時点で追い返せばよかったのだ。少なくとも当時の優歌にはその気はなかったのだから。試されているのだろうか。優歌はふと思った。 「わたし達はそうやってお膳立てをしてきたわ。選択肢も用意した。居場所がほしいなら、動きなさいな。選びなさいな」 鋭い視線に、優歌は射すくめられるような気持ちだった。いや鋭いというより、巨大な鈍器のようだ。硬質のプレッシャーを帯びている。神崎のようには受け流せず、優歌は目を背ける。すると、エミリの隣に座したあゆみと目が合う。 「ボクも部長も神崎くんも、君に期待してるんだ。エミリだってそうだよ。だからこんな風に珍しく本音を晒したんだ」 「本音なんですか?」 「しゃべりすぎだわ、悪い子」 あゆみは少しエミリの顔を見上げて、すぐに優歌に視線を戻す。 「応えてくれるかな? みんなの期待に」 今度は真っ直ぐだった。名探偵の目だ。人間の良心を信じる、って言ってたな。そこまで言われては、と思いながらも、一層その期待が怖くなる。 「いや、それでもわたしなんて、絵が描けるわけでも、文章が上手いわけでも、パソコンに詳しいわけでも、名探偵なわけでも、えーと、着ぐるみに入って動き回れるわけでも、異世界の戦士なわけでもないんですよ?」 松代のできることを少し考えたが、結局着ぐるみしかなかった。 「そういうヤツを何というか、知っているか?」 神崎の問いかけに、優歌は首を傾げる。まさか、無能とでも言われるのだろうか。 「『普通』だ」 「ふ、普通……」 何となくバカにされているような気がしたが、想定よりは随分とマシである。 「しかし、俺たちにはそれがない。分かるだろう?」 「ええ、それはもう……」 この一ヶ月間の実感がこもった言葉であった。そして、その言わば異常な状況を楽しくも感じていたが。 「創作者という人種は、得てしてワガママなものよ。放っておいたら、社会通念なんて無視したり、自己満足の逸脱しか作れなかったりするわ」 エミリの言葉は、非常に強い説得力を持って優歌の心に響いた。部長の全裸もそうだが、『ネオ桃太郎』すさまじかったもんな……。アレはウケたから、彼女の中では違うのかもしれないが。 「だから、作品として完成させるには、君の『普通』が必要なんだ」 「あんたの『普通』っていう縛りが、自由を生かすのよ」 「縛りが、自由を……」 優歌の呟きに、露子は、神崎は、エミリは、あゆみは、深くうなずいて見せた。 因みに松代はというと、美咲の考える救世主についての説明を受けていてそれどころではない様子であった。 「優歌くんはいつもみたいに、ツッコミをしてくれたらいいよ。ボク達は、君の『普通』の中で存分に暴れるからさ」 「あんまり暴れられても大変なんですけど……」 屈託のないあゆみのウインクに、少し引きつった笑いで優歌は応じた。 そう言えば、いつだったかエミリから似たようなことを言われた気がする。それが、彼女の言う選択肢だったのかもしれない。 「分かりました。普通でよければ、やらせていただきます」 優歌の言葉に、松代と美咲を除いた一同は安堵の表情を浮かべた。 「よかったわ、フェイズ2で引き受けてくれて」 「そうだな。フェイズ3・暴力行使を使わなくてよかったのは僥倖だ」 「ええ。フェイズ4の催眠術も使わなくてすんだし」 「どんだけ準備してんですか!」 断っても無駄だったらしい。変にこじらせないでよかった、と安堵しながらも優歌は釈然としないものを感じていた。 |