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俺たちの過ぎ行く秋と、鹿ノ台富美の憂鬱[1]



 うねるような低音のギターソロが、その部屋からは響いてくる。
防音設備など全くない、サウザンズ学園軽音楽部の部室である。
 今、中には四人の男女がいて、うち一人が抱きかかえるように自分の愛器を持ち、
音を奏でていた。
 その横でマイクの音源をいじっていた家鴨小路天は、ドラムの前の椅子に腰掛け、
俯いている少女に気付き、問うた。
「どうした、鹿ノ台さん?」
「ちょっとしんどくて……。」
 問われた少女――鹿ノ台富美は笑顔を作って答えた。
 陸上実戦部と軽音楽部を掛け持ちしているせいか、この少女はいつもしんどそうにしている。
 しかし――
(何だろ、ここまで元気ないのは珍しいな……。)
 まあそんな事もあるだろう、と思い直す。そうだ、兎も角今は練習せねば。
バンド数が多い為、練習時間は貴重だった。
「じゃあ、行くよ!益子くん、弦は張り替えられた?」
「いつでも行けるよ。」
 銀縁眼鏡をかけた細身の益子は、自分のベースを持ち上げて肩に掛ける。
「高山、やるぞ。」
 一人ソロを練習していた高山昭夫も、それをやめると家鴨小路の方を向く。
「じゃあ、鹿ノ台さんお願い。」
 初めのリズムを撥で取ってくれ、そういう意味である。いつもやっている事だ。
 しかし――
「鹿ノ台さん?」
 家鴨小路の声が耳に入っていないかのように、鹿ノ台は動かなかった。
「おい、ふーみん?」
 付き合いの長い高山が呼ぶが、それでも彼女は動かなかった。
 ただ、床の一点を見詰めているだけだ。
「鹿ノ台さん!?大丈夫!!?」
 益子が肩を掴んで揺さぶる。すると彼女はむー、と唸りながら顔を上げた。
「……ごめん、寝てた。」


* * *


「……って訳なんだけど、鹿ノ台さん何か変じゃない?」
 翌日、家鴨小路は鹿島弘樹に一昨日の様子を説明した。
「んー、分からんなあ。」
 鹿島は前の席に突っ伏して寝ている、鹿ノ台の背中を盗み見、首を捻る。
「同じクラスになったのは初めてだしなあ……。」
「ドラムの音もおかしいし……。」
「関係あるのか?」
「うん。いつもと全然違う。」
 家鴨小路は強く頷いた。
スポーツでも、メンタル的な部分がプレイに大きく影響する事もある。
音楽でも、そういう事があるかもしれないな、と鹿島は思った。
「ライブ、クリスマスだったか?もう後半月しかないぞ。」

 それは鹿島にとっては、例のツインタワーの一戦から半月経っている事をも意味している。
 直後は、牧、井城、長崎の三人が死んだという事で、学園は悲しみに溢れていた。
彼らは、表向きにはツインタワーで起こった爆発事故に巻き込まれて死亡した事になっている。
 三人の所属していた一年四組では、担任の落田教諭がここぞとばかりに命の大切さを説き、
「もういいし、その話……」と多くの生徒――とりわけ男子をうんざりさせていた。
 女子達も初めは悲しんでいたが、三日もすると話にも上らなくなった。
 そんな様子を見ながら、三人の本当の死因を知っている鹿島達は、複雑な表情を浮かべる
しかなかった。
(石野は、『俺たちの一番熱い秋も過ぎ去っていく〜』とか言ってそうだが)
 鹿島は流れ忘れゆく周りを見て、思った。
(俺達は、過ぎ去るこの秋の上にこれからを乗せていかなければならない……。)

「近いなあ。近いから困るんだけど……鹿ノ台さん。」
彼のバンド『ISOLATION』はクリスマスライブを行うのだ。
 毎年軽音楽部主催で行われているが、今年はツインタワー事故の犠牲者を弔う、と言う意味で
『命』をテーマにした曲を、一つのバンドにつき一曲演らなければならない。
「そう言えば『命』の歌、何にした?」
 クリスマスまで半月、という事からツインタワーの一件が思い起こされ、鹿島はこの前
家鴨小路から相談事の結果を尋ねた。
 あまり知られていない事だが、鹿島はJ−POPのヒットチャートなどに詳しい。
家鴨小路は洋楽至上主義なので日本の曲には疎く、曲決めの際には鹿島に意見を仰ぐのが、
昔からの常だった。
「ああ、あれは結局……」
「よう、アヒル!」
 家鴨小路の言葉を遮って、一人の大柄な男が声をかけてきた。
「何の話してるんだ?」
 鹿島は一瞬眉を顰め、答えた。
「……ガノンか。ちょっとライブの曲についてな。」
 ふーん、とガノンと呼ばれた大柄な男は鼻を鳴らす。
「どんな曲やるんだ?」
「まだ決まってないけど、とりあえずJ−POPからいくつか。」
「じゃあ、『豚バラ肉おおよそ3000g』やって!」
「いや、あれ女の曲だから……。」
 鹿島は苦笑しながら言った。
因みにその曲は、最近人気上昇中のアイドル歌手の新曲である。
「いいじゃん、鹿ノ台さんが歌えば……」
「いや、ドラムで歌うのはきついって。」
「男が歌うのは色気がなくてダメじゃん?」
「じゃあ、香川のバンドを聞きに行けよ。あそこは女子ばっかりだ。」
 鹿島が横から口を挟む。香川、と言うのはこのクラスの女子のリーダー的存在で、
容姿も可愛く男子からの人気も高い少女だった。
 彼女も軽音楽部部員で、やはり四組の南野実と野原裕子、他クラスの森山都夜、四谷さとみと
『鬣』というバンドを組んでいる。
「香川じゃなあ……」
 そう言いながらガノンは首を捻る。このガノン、学年では有名な女たらしであるのだが、
香川のようなみんなが可愛いと言うような子には声をかけないと言う妙なポリシーを
持っている。(相手にされないから、と言う説が有力ではあるのだが。)
「おーい、ガノン!」
 教室の前の方の席から、彼の名を小中大作が呼んだ。
 今行くし、とガノンは叫び返すと、じゃあなと言って、小中の席に歩いていった。
 その背中を見送って、鹿島と家鴨小路は安堵の溜息を吐いた。
 ガノン――宮城谷均は、女たらしのほかに、『学年で最も空気の読めない男』と呼ばれている。
 彼は、二人だけの話をしている所に突然割り込み、その二人が傍目にも嫌そうな空気を
醸し出しているにもかかわらず、自分の言いたい事だけを言って去っていくと言う、
何ともはた迷惑な男だった。
 ガノン、と言うあだ名は、彼が中学二年生の時の学園祭で演じた、『ゼルダの伝説』の悪役、
『ガノンドルフ』からきている。
 彼がよく言えば大人びた、悪く言えばおっさん臭い顔つきをしていたのも、そんなあだ名が付く
一因である。
「で、何の話だったっけ?」
「鹿ノ台さんの様子がおかしい、という話から……」
「そうそう、おかしくて心配で……。」
 おいおい、曲の話はどうなった?
鹿島はそう思ったが、敢えて言わなかった。鹿ノ台の件が本題なのだし。
「まあ、俺じゃ女子の事はよく分からないし、ここはだな……。」
 鹿島はチラリ、と横の席に目を向ける。


「……話はわかったが」
 俺は、鹿島の話を一通り聞いて、溜息をつきながら言った。
「何で『女子』と言うと、俺の所に来るんだ!?」
「それは君が女たらしだからですよ石野きゅん。」
「きゅんって言うな!!」
 大体、『君』の代わりに『きゅん』なんてどっから来たんだ!?
「石野、『ぴょん』よりはマシだ。」
 後ろの席に座る九渡銀次が口を挟んでくる。
「お前はさっさとイタリアに帰れよ!」
 『学年屈指の情報通』と言われているこの九渡銀次は、実はイタリアの過激派(?)組織
『セフィロト』の諜報員で、例の『ツインタワーの戦い』とそれに連なる生体兵器がらみの事件で、
俺達と協力した。
 その後組織にすぐ戻る筈だったが、『二学期終了まではいたい』と言う本人の希望が通り、
まだ『普通の高校生』という仮面を被り続けている。
 銀次としては、急な転校と言う事にしたいらしく、この時点では転校する事は秘密になっている。
 俺と鹿島はそのあたりの事情はよく知っているが……
「なんでイタリア?」
 ……そうだった。アヒルは知らないんだった。こいつは間接的にしかツインタワー戦に
関与していない。
「銀、話は聞いていたか?」
「さっきからずっとな。秘密の話をするなら、もっと小さな声でするべきだ。」
 鹿島が銀次に話を振って、アヒルの質問を流す。
「じゃあ、『学年屈指の情報通』にも協力してもらうか。」
「いいだろう、任せてくれ。」
「だとさ、良かったなアヒル?」
「いや、だからなんでイタ……」
「石野、俺らも一応調べるか。」
 鹿島が再びアヒルの質問を流す。何か、手馴れてるぞ……。
「ああ、今日はオフだったか……。」
「じゃあ、陸戦部に聞き込みに行くか。」
 陸戦部、と言うのは陸上実戦部の略だ。何かサバゲーを大袈裟にしたような事を
学校の裏の山で毎日している。
鹿ノ台さんは、何の因果かそこに所属しているのだ。
「そうだな。」
「アヒルもついて来るよな?」
「う、うん。ところであの……イ」
「家鴨小路、調べる内容は『鹿ノ台さんが元気がない理由』だったな?」
 今度は銀次が話を逸らす。にしても、こいつアヒルって呼ばないなあ……。
「よし、じゃあ明日報告しあうか!」
 俺も九渡に加勢して、話を無理矢理纏め上げる。
「あの……」
 未だイタリアに拘るアヒルを置いて、話はまとまった。(ゴメンよ、アヒル……)

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