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俺たちの過ぎ行く秋と、鹿ノ台富美の憂鬱[4]



 夏は海水浴客で埋め尽くされていた海岸も、11月下旬の今はひっそりとしている。
特にこんな断崖の上に立とうなどという人間は、自分達に以外にはいないだろう。
 鹿ノ台富美はそんな事考えながら、横に立つ宮城谷均を見つめる。
「なあなあ、ここで何するの?」
 そう言って笑みを浮かべる彼を見て、なんて品性下劣な男だろうと富美は思った。
 学校からかなり遠いこの海岸に来た理由――簡単な事だ。
 富美は鞄の中に入れている銃器の形を思い浮かべた。この男の胸板を撃ち抜き、この海に捨てる為の道具。
大丈夫だ、自分は陸上実戦部員。プロフェッショナルだ。
「目を閉じて……」
 富美は精一杯の甘い声を出した。悟られてる?悟られてない?
「え!?あ、ああ……。」
 宮城谷は一瞬驚いたが、すぐに満面の笑みで目を閉じた。
 悟られてない。キスされるとでも思ったのだろう。
そう思わせるつもりで言ったのだが、ここまで単純だと逆に虚しさを感じる。
 キスはする。
 但し、わたしの口ではなく銃口で。
 お前の口にではなく、胸板に。

 そして抱きしめる。
 但し、わたしではなく海原が。
 人肌の温もりでなく、冬の海が。

 終わりだ。
 鞄から拳銃を取り出し、安全装置を外す。
 一連の音に不信感を感じたのか、宮城谷がうっすらと目を開けた。
「閉じて!!」
 今度は怒鳴った。ダメだあくまで冷静に事を進めなければ。
「ど、どうした……?」
 いきなりの剣幕に驚きながらも、宮城谷は再び目を閉じる。銃は見えなかったらしい。
 OK、最高だ。もうトリガーを引くだけだ。
(なあなあ、男ばっかりのバンドに入ってるけど、好きな子でもいるの?)
 初めて、こいつがわたしに言った言葉が思い出される。
 あの時に、別にそういう事じゃない、と答えなければよかったのだろうか?
 無理矢理にでもアヒル辺りを好きだと言えばよかったのか?
 どちらにしろ、あの答えの選択は間違いだったのだろう。
 あれ以降付きまとわれ、いくら断っても、強く言っても全く聞かない。
 他の子には相談できない。巻き込む事はしたくない。
 だからこの男の彼女になってしまった。
 ツインタワーが崩れた日、富美はこの男と共にあの場所にいた。
 そしてその時に、告白の言葉を聞いたのだ。
(好きだ。凄く好きだから、俺の女になれ。お前も俺の事好きだろ?)
 何故そうなるのか謎だった。 嫌いなのに、丁度その日中継をしていたあの一発屋芸人ぐらい嫌いなのに、断ったのに、何でそうなるのか謎だった。
 この男の暴走具合、そういう所は勿論嫌いだ。人の話を聞かない所も嫌いだ。下品な所も大嫌いだ。
付き合っても、いい所なんて見いだせない。
(祈る神を持つなら)
 宮城谷の胸板に銃口を突きつけ、心の中で富美は呟く。
(神に祈れ……!)
 引き金をゆっくりゆっくり、震える指で弾こうとした、その時――


「待て!!」


 ま、間に合った……。
「い、石野……ごふぅっっ!!」
 目を開けてこちらを振り向いたガノンの頭を、鹿ノ台が拳銃のグリップで殴った。
 ガノンはそのまま倒れて動かなくなった。
 鹿ノ台さん……、いつもしんどそうなクセに今日はやたらとアグレッシブだ。
銃を持つと性格が変わるのが、陸上実戦部の性癖なのかもしれない。
「何しに来たの?」
 鹿ノ台は足元に転がる宮城谷を見下ろして言った。
「き……」
「君を、止めに来た。」
 後ろから鹿島が言った。俺は言おうとしたセリフをとられて黙る。
「どうして?」
「違う方法もある、だからさ。」
「どんな?」
「まず風船をたくさん用意して暗室に並べてガノンを暗がりで……」
「それはもういいだろ!!」
 真面目な顔で言うな。
「回りくどいじゃない。こっちはいたってシンプルで、凄く確実な方法よ。」
 そう言って鹿ノ台はガノンの頭を靴先でグリグリする。
「でも、取り返しがつかない。」
 鹿島に代わって林が言った。
「取り返す必要はあるの?」
「いや、違うな。失う必要がないんだ。」
 今度は鹿島が答えた。
「何も失わないわ。」
 そう言って鹿ノ台はうつ伏せに倒れるガノンの背中に銃口を向ける。
「ただ、さよならするだけよ。」
「動くな、斬るぞ。」
 黒部が一歩前に出て、腰の刀に手をかける。
 学校を出る前に合流できてよかった。俺達だけじゃ拳銃に対処できない。
「届くかしら、この距離で?」
 黒部は無言で抜刀し、一閃した。
 風が吹き、鹿ノ台の足元の岩盤に三本の傷がつく。
「俺の刀は間合いに左右されない。」
 確かこの技はツインタワーの時にも見せた。えーと、『鯵三枚降ろし』だったか。
「さあ、銃をこちらに渡せ!さもなくば二人とも斬る!!」
 二人とも!!?
「いや、ガノンは斬る必要がないから……」
 林が頬を掻きながら言う。そりゃそうだ、誰を助けに来たと思ってるんだよ。
「状況がよく分からんのだ。それと、とりあえずガノンは斬っておきたい。」
 こ、こいつ危ねえ……。今に始まった事じゃないけど。
 それに、こんな場面で私怨を持ち出されても……。
「そう、俺達には状況がよく分かっていない。」
 鹿島は黒部よりも前に出て言った。
「君は何故、そこまでガノンに恨みを抱く?」
「カンタンよ、嫌いなのにつきまとうから。」
 やっぱり。でも、それだけで殺されてはガノンも浮かばれない。
「ならば嫌だと言えばいい。思いは口に出さなければ伝わらない!」
 おお、出たぞ座右の銘『思いは口に出さなければ伝わらない!』。
この間のクラブで言った時は笑われていたけれど。
 その言葉に、鹿ノ台は悲しそうに首を振った。
「口に出しても伝わらない思いもあるのよ、ボウヤ。」
 ぼ、ボウヤ!?ここに来て何キャラだ!?
「言われているぞ石野。」
 俺じゃねえよ、どう考えてもお前だ。
「お話はここで終わり。じゃあね。そっからじゃ、あたしが撃つ方が早い。」
 そう言えば、鹿島が前に出たせいで黒部が後ろに……。
「やめろ!!」
 俺は思わず飛び出した。間に合わない。鹿ノ台の指が引き金を――


 ダァーン


「どうして……」
 鹿ノ台は立ち尽くしていた。何が起こったのか、分からない。
けれど、拳銃は彼女の手から離れている。と言うか、何処にも見当たらない。
傍らのガノンも、見た所傷は負っていないようだった。
 暫くして、断崖の向うでポチャンと言う音がした。



「ギリギリか。」
 石野らが立っている岩壁より遥か後方に建つビルの上で、九渡銀次はそう漏らした。
「チャーラーヘッチャラー、と。」
 シュナウザーは何故かドラゴンボールの唄を口ずさみながら、ライフルを撫でた。
 今しがたこのライフルから発射された弾が、鹿ノ台の持つ拳銃を弾き飛ばしたのである。
「相変わらず凄まじい腕だな。」
 直線距離にしておよそ500m、的が小さいのは言わずもがなである。
 九渡の賛辞にシュナウザーは無言で右手を出した。
「何だ?」
「バイト代。俺は休暇中だぞ。」
「ちょっとの事じゃないか。飯でも奢るから、それで勘弁してくれ。」
「ダメだ。現金だ。今パーパが臥せっているんだ。入院費がいる!」
 真剣な顔で言うシュナウザーを、九渡は白い目で見下ろした。
「お前、パーパは死んだんじゃなかったのか?」
「それは三番のパーパだ。今臥せっているのは、五番のパーパ。」
 何番までいるんだよ、九渡は溜息をついた。


「とにかく、これで君の武器は無くなった。運命は君に人殺しをさせたくなかったようだな。」
 鹿島はそう言って、鹿ノ台に近付いた。鹿ノ台は、鹿島を睨みつけると後ずさった。
「危ない!!」
 林が後ろから叫ぶ。確かにそうだ、後ろは崖だし。パラパラと小石が下に落ちたような気がする。
「知ってるわ。」
 そう言って鹿ノ台は更に後ろに下がる。もう、後ろには殆ど陸がない。
「こいつを消せないなら、あたしが消えてやる。」
「やめろ!!」
 鹿島が叫び、手を伸ばした。鹿ノ台は、その手を払いのけ、
「ばかやろう」
 と言って、その身を宙に……



 ポロン……



 その時、突然アコースティックギターの音が聞こえた。
 鹿ノ台はハッとしたように踏みとどまった。
「怒りと憎しみの切っ先を払ーい」
 後ろからする、この声は……
「血で濡らし辿りついた少女は もう……」
 アヒル……家鴨小路天だ。おいて来た筈の、もう一人の当事者……。
「ポルノの、『カルマの坂』か。」
「何でこの場面で?」
 鹿島は西洋人っぽい動作で首をすくめ、『さあ』と言った。
 アヒルはギターをやめると、こちらに歩いてきた。
 その姿を見て、鹿ノ台はへたりこんだ。
「君は、まだ魂は壊れてないだろ?」
 一緒に帰ろう、とアヒルは彼女に手を伸ばした。
 彼女はその手を握って、泣いた。
 そして、頷いた。


* * *



 会場は熱気に包まれていて、外の寒さは感じられない。
「はーい!じゃあ、次が最後の曲です!!」
 女性だけのバンド『鬣』のボーカル香川の言葉に、えー、とお決まり反応を観客達はする。
「あ、でもその前にゲストがいます!」
 おおー誰誰、とまたお決まりの反応を観客はした。
「ハンドベル部の九渡銀次くんでーす!」
 はー!?俺は思わず叫んだ。他の観客も同じような反応である。まさか、そんな……。
 舞台の袖から姿を現した九渡は、照れた笑いを浮かべている。
 手にはハンドベル……。ダメだ、ダメすぎる。軽音の楽器じゃない……。
「はい、一言どうぞ!」
 香川の差し出したマイクに向かって、九渡は言った。
「ハンドベル部は部員が足りないので入ってください。」
「いや、意気込みとかは?」
「別に?」
 俺は頭が痛くなって、後ろの椅子に腰掛けてドリンクを飲んでいる鹿島の所に行く。
「次が『ISOLATION』だな。一年ではトリか。」
「くじ運はいいよな、あいつ。」
 プレッシャーはあるけど嬉しい、とアヒルは終業式の日に言っていた。
「まあ、他はいいとは言えないわな。」
 あの事があった後、ガノンと鹿ノ台さんは別れたようだ。当たり前だけど。
 ガノンは銃を突きつけられた事は、最後まで知らないままだったので、お前らのせいだ、と
散々なじられた。
 ったく、助けなきゃよかったな……。
「それにしても、九渡が出るとはな……。」
 ステージ上でハンドベルをエレキギターに持ち替えた九渡を見ながら俺が言うと、
鹿島は意外そうな顔をした。
「何だ、知らなかったのか?俺には終業式に言ってたのに……。」
 何だこの疎外。
「俺はもう帰ったと思ってた。と言うか帰れよイタリアに。」
 曲はクライマックスに来て、観客のテンションは上がりまくっていた。
「ありがとうございましたー!」
 香川が言って、九渡を含む弦物の三人とキーボードの野原さんがお辞儀をする。
 そうして幕は一旦閉まった。
「さて、そろそろか。」
 言って鹿島は立ち上がった。ジュースのカップを座っていた椅子に置き、大きく伸びをする。
「そう言えば、アヒルは『命を大切にする歌』とか言うのは、結局何にしたんだ?」
「『カルマの坂』だよ。」
 あの海岸で、死のうとした鹿ノ台さんを止めたアレである。
 あの日、アヒルが突然あの場に現れたのは塩見の機転だった。
『バンドのリーダーの言う事なら聞くと思ったし。』
 と塩見は彼をヘリで送った理由を説明したが、別にそれは関係ない。
それにリーダーの言う事は絶対なんて軍隊かよ!?
 まあ、理由はどうあれよい方向には働いたみたいだ。
「あれのどこが『命を大切にする歌』だよ?」
 歌詞は、確かそんな感じじゃなかったと思う。俺もベスト盤で一回聞いたきりだから
よく覚えていないが。
「一人の女の子の自殺を止めただろ?」
 確かにそうだ。でも……
「お前、何かキザッたらしいぞ。」
「ほっとけ。今日はクリスマスだから、いいだろ?」
「よくねえよ。」
 俺はわざと対抗してワルっぽく言って、舞台の方に歩き始めた。


 秋が過ぎて、冬が来て、クリスマスが終わればこの年も終わる。
 来年はどんな事があるだろう?
 それは誰にも分からないが、確実に来年は今年よりも熱くなるだろう。
 僕らの秋は、まだ終わらない。


[俺たちの過ぎ行く秋と、鹿ノ台富美の憂鬱 了]

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