俺たちの過ぎ行く秋と、鹿ノ台富美の憂鬱[3]



「なあなあ、帰ろう。」
 この言葉で、どれほどの苦痛を味わって来ただろう。
 あの男は許さない。
 どうして断らない?多くの友はそう言った。
 わたしは断っている。けれど、相手がそれを意に介さないのだ。
 嫌われる、と言う言葉を辞書で引いたことがないんだろう。(管理人注:載ってません)
 だからわたしは、今日ここに来た。本当に久しぶりの場所。薄暗い大きな倉庫。
 硝煙の匂いが、わたしの感覚を鋭敏にする。
 迷わずとったそれは、非日常の重みを持った黒い異物。
 いつもとは、今度は違う。今度は……
「終わらせる。」


 鹿ノ台富美は、その様子を見ていた者に気付かなかった。

「ガノンなら嫌われてるから、相当酷い目にあわせても大丈夫だろう。」
 向かいに座った鹿島の過激な発言に、俺は思わず吹き出した。
 食堂にいるのは俺、鹿島、アヒル、ガノンが相手と聞いて来てくれた林、そして何故か
九渡の代理だと言って現れた塩見の五人である。
「相当酷い目って、どんな目だよ?」
「生爪をはぐ。」と塩見は、アイス用の木のスプーンを握り締めて言った。
「サーブ君で16連射。」と林。『サーブ君』とはセパタクロー部のサーブ練習用マシンの事だ。
「まず風船をたくさん用意して暗室に並べてガノンを暗がりで拉致って暗室に閉じ込めて
 全部を耳の辺りに……」
「長い!次!!」
 鹿島のこういうときの案は、しつこい。
「え?あ……トイレの個室に、いつも先回りする……。」
「あっひー、スケール小さっ!」
 とアヒルの案に林は笑った。でも、何気に辛いぞ、これ。
「で、石野は?」
「まあ、今までのメールの内容をネットに流すのが妥当かな?」
『姑息!!!!』
 四人から同時にバッシングを受けた。
「スケール小さいわね。」と塩見。
「何気に一番犯罪性が高いし。」とアヒル。
「つーか相手もカワイソウ。」と林。
「これだから女たらしは……」と鹿島……って、それは関係ないし俺は女たらしじゃない!!

 たーん たんたんたんたん たんたんたんたん……

 突然響く着メロの音。ん?どっかで聞いた事のあるような。
「あ、はい!」
 塩見のか。にしても、今の曲は……。
「『着信アリ』の死の着信メロディー……。」
 あ、それだよ鹿島。
「趣味悪……」
 ボソリと林が呟いた。まあ、確かに。
「データフォルダ全曲川島あいよりマシだ。な、石野?」
「どういう意味だよ!」
 ファンクラブ会員だけど、そんな事してないし。
「まあ、好みの問題だから。」
 アヒルが言った。フォローのつもりだろうけど、全然フォローになってない!
「うん、分かった!すぐに対処する!」
 ケータイを切ると、塩見が俺たちを見回す。何か凄く切迫した表情だ。
「な、何かあったのか?」
「マズイ事になったわ。」
「……もうすぐ呪いで死ぬ?」
 真面目な口調でアヒルが聞いた。いや、絶対ないから。あれ映画だから。
「そうなのよ。助けてね?」
 アヒルの目を見て塩見は言う。いやいやいやいや。で、マジで何よ?
「む、無理だって……。俺、恐がりだし……。」
「大丈夫よ。」
 言い聞かせるような口調で塩見は言った。いや、だから何なんだよ?
「フォースを信じれば……」
 映画変った!?
「マスターヨーダ……。」
「いい加減にしろ!!」
 話を進めろ、話を!
「いいツッコミよ石野きゅん。」
 ふっふっふ、という感じの笑いを浮かべて塩見は言う。もしかして、待たれてた?
「で、何だったんだ?」
 鹿島が大人っぽい調子で言った。てめえ……。
「小黒ちゃんからの報告だったんだけど」
「ほ、報告?」
 塩見と小黒の関係を知らないアヒルが首をかしげる。
 そりゃそうだ。まさか戦闘組織の上司と部下だなんて、誰にも想像できない。
「流行語だ、気にするなアヒル。」
 鹿島がフォローになっているのかいないのか分からないフォローを入れる。
「さっき銃器庫の見回りをしてたら」
「じゅ、銃器庫?」
「陸上実戦部の倉庫の事だ、アヒル。」
 これは正しい。てかアヒル知らないのかよ、陸実部。
「鹿ノ台ちゃんが銃を一丁持っていったのよ。しかも実弾入りの。」
「じ、実弾?」
「戦時中の話だ、気にするなアヒル。」
 おい、もうフォローが苦しくなってきたぞ……。
「小黒さん、勿論止めたんだろ?」
 林が塩見に尋ねる。そりゃそうだよな、そんな事してたら俺だって止める。
「それが、さ……」
 呆れたように溜息をついて、塩見は口調を変える。
「『そのほぅがぁ、爆弾投げられるとぉもったからぁ、とめてなぃい』って……」
「ば……爆!?」
「ギャル文字だ、気にするなアヒル。」
 気にするわ!!そう言えば、得意な武器はグレネードだとか……って、どんな女子高生だよ!?
「って言うか部下の教育ぐらいちゃんとしとけよ!!」
 林が最もなツッコミを入れる。
「ぶ、部下?」
「あだ名だ。因みに教育はただの『東京事変』だ、気にするなアヒル。」
 最早フォローする気ないな鹿島……。
「だってー。」
 と塩見は口を尖らした。だってー、じゃないだろ!
「学校内で射殺って事はないだろうな?」
「しゃ、射殺ぅ!?」
「ただの『ボーリング・フォー・コロンバイン』だ、気にするなアヒル。」
 鹿島、それじゃ全肯定じゃねえか。
「あー……どうしよ、マイケル・ムーア来たら?」
「取材に答えたら、いいと思う。」
 いや、違うだろ!?論点ずれてるし!林、林もしっかりしてくれ!
「ちょっと待って。深井に連絡して、鹿ノ台さん探してもらうから。」
 そう言って、さっき電話を切ってから開きっぱなしだったケータイをいじり、耳に当てる。
「もしもし深井くん?突然だけど、鹿ノ台さん探して!うん、as soon as possible可及的速やかにで!
 は?事態が飲み込めない?バカ言わない!ホントに緊急よ!方法は問わないわ。責任はとるし……」
「あ、アズ……?」
「映画のタイトルだ、気にするなアヒル。」
 まだやってたのかこいつら。
「とにかく、俺たちも探しに行こう!」
 林はそう言って立ち上がった。
「ああ。」
 俺も立ち上がって、鹿島の方を見る。
「俺は黒部を探してくる。人手は多い方がいい。荒事になりそうだしな。」
 黒部北斗は例のツインタワー戦にも参加した。普段は温厚だけれど、刀を抜くと恐ろしいヤツだ。
「じゃ、行くぞ。」
 そう言って俺達は食堂を出た。あとには当惑した様子のアヒルが残されるが、無視!

 ピンポンパンポーン……
『えー、一年四組の鹿ノ台富美さん、一年四組の鹿ノ台富美さん、
 あー、一年四組の鹿ノ台富美さんを見かけた方は、すぐに生徒会室まで
 連絡下さい。繰り返します……』
 妙な内容の放送が放課後の校内に響く。
 これでよかったのか、と放送した本人――深井は首を捻る。全く、我らがボスはアバウトな指示が
多すぎる。
 何をしてもいい、そうは言われたけど特にいい案は浮かばなかった。
 まあ……こんなもんか、と無理矢理自分を納得させていると、傍らのケータイが震えた。
小窓には塩見憂と出ている。
「ちょっと、何でこんなバカな手使ってんのよ!?」
「そっちこそ、なんてアバウトな指示出してんだ!!」
 深井は泣きたくなった。こっちだって充分バカな手だと思っているのだから。
「深井!!」
「悪いが、ちょっと切る。」
 情報提供者かもしれない。深井はケータイを切って、声の方を向いた。
そこにいたのは同じクラスの小中だった。
「鹿ノ台さんなんだけどな、多分今日はガノンとデートしてる。だから校外だと思うぜ。」
 ガノンに自慢されたんだよ、と小中は付け加えた。
「行き先は分かるか?」
 深井の問いに、小中は頷いた。


「全く、何が『ワタシニホンゴワカリマセーン』だ?現に話してるじゃないか。」
 九渡銀次は並んで歩くギターケースを担いだラテン系の男に言った。
「そう言って隙を見せた方が女は寄ってくる。パーパの教えだ。」
「捨てちまえそんな教え。」
「無理だ、遺言だし。」
 どんな家庭だ、と九渡は溜息をついた。
「なあ、シュナウザー?」
 シュナウザー、というのは男の通り名である。何を間違ってこの屈強な男に、小型犬の名前が
ついているのかは永遠の謎である。
「久しぶりの休暇をとって、何でわざわざ前の作戦地に来るんだ?」
「ここはガイドがタダだからな。タダより安い物はない、これもパーパの教えだ。」
 ガイド、とは九渡の事である。そして前の作戦とは例のツインタワー戦の事だ。
 あの時シュナウザーは、イタリアの武装集団『セフィロト』の一人として、同じくそこの構成員で
スパイとしてサウザンズ学園に潜入していた九渡と共に、参戦したのだった。
「日本にはな、『タダより高いものはない』ということわざがある。」
「それは計算間違いだな。」
「誰がそんな壮絶な間違い方をするんだよ!?」
「違うのか?」
 シュナウザーは唸った。東洋は奥深い。かつて、日本の政治家が『欧州の天地は複雑怪奇なり』と
言ったらしいが、東洋の神秘の方がよっぽど複雑怪奇で奥深い。
「まったく……。」
 物思いにふけるモードに入ったシュナウザーを横目に、再び九渡は溜息をついた。
 そう言えば、鹿ノ台は大丈夫だろうか?ガノンにやらしい事をされていないか?
 塩見に任せて、本当に大丈夫なのか?
「ふむ……。」
 そんな事を考えていると、ポケットのケータイが震えた。
 取り出して開くと、鹿島からのメールだった。それを見て、シュナウザーが言う。
「ポケットにケータイを入れておくと、アレによくないらしい。」
「それもパーパの教えか?」
 言いながら九渡はメールボックスを開く。
「違う。科学班の古川が教えてくれた。」
 九渡はメールの文面を暫く無言で読んだ。自分でも表情が厳しくなっていくのが分かった。
「どうした?」
 ただならぬ様子にシュナウザーの声も深刻になる。
「そんなに気にしなくても大丈夫だ、まだ若いのだし……」
「アレの話じゃない!」
 九渡は即座に否定すると、ケータイの画面をシュナウザーに見せた。
「…………。」
 シュナウザーはそれを見、困惑した目つきで九渡を見た。
「よ、読めない……。」
 九渡は舌打ちすると踵を返し、先ほどシュナウザーと合流した駅の方へ歩き出した。
「ど、どうしたんだ!?」
 状況の全く分かっていないシュナウザーは悲鳴を上げた。
「とりあえず休暇はなし、という事だ。」
 詳しくは電車で話す、と九渡は言った。
 シュナウザーは、やれやれ荒事か、溜息をついてそれについていった。

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