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  六 ボクは名探偵 依頼編


 ゴールデンウィークが明けた、五月最初の授業の日、その放課後も、優歌はいつものように自由創作部の部室へ向かった。
 最初に部室を尋ねた時は、ここまで毎日の習慣になろうとは思ってもいなかった。ゴールデンウィークの間は、少し寂しかったぐらいだ。優歌にとって、自由創作部が居心地のいい場所であることは、どうやら認めざるを得ないようだ。当初の目的であった、やりたいことを見つけるはまだまだ達成できそうにないが。
 クラブボックスは、西門と東門を繋ぐ通路を挟んで、理科系科目の教室が集まった理科館の向かいにある。天文観測用の赤いドームが屋上についた、目立つ建物である。
 理科館のすぐ北隣が一年生の教室のある第一校舎なので、優歌がクラブボックスに向かう時は、いつも理科館の横を通ることになる。
 フェンスで囲まれた理科館裏の花壇を通りがかった時、クラブボックスの二階から降りてくる三つの影が見えた。どれも見知った顔だ。
「あれ? 先輩方、どうしたんですか?」
 三つの影は自由創作部の先輩たちであった。より正確に言えば、二人はそうだ。神崎イヅルと松代正樹である。もう一人は、優歌があまり会いたくない人物であった。
 中村美咲。朝霧氷愛魅火とも名乗っていたあの二年生は、何故か『クーゲルシュライバトル』の一件以降、よく自由創作部の部室に顔を出すようになっていた。
「おう、優歌ちゃん」
「あれ? もうお帰りですか?」
「あゆみちゃんが久々に学園探偵部として依頼人を取るみたいでよ」
「邪魔にならんよう、退散してきたというわけだ」
「学園探偵部?」
 松代の言葉に、優歌は眉根を寄せる。確かに戸川あゆみは事あるごとに、自分を名探偵と言って憚らないし、自由創作部の部室の扉にも「学園探偵」の文字はある。
「大鷺高校内で起こる事件をバシッと解決! それが『学園探偵部』だぜ」
「バシッと解決って……そんなことあの人にできるんですか?」
 この一ヶ月見てきたが、あゆみはごくたまに鋭いところを見せるものの、基本的に頼りにならない探偵気取りの域を出ないし、扉に貼られたプレートの「学園探偵」も二重線で消されている。
「普段から戸川は言っているだろう、自分は名探偵だと」
「はあ……。でも、あれって妄言なんじゃないですか?」
 ついこの間まで妄言を吐きまくっていた美咲の方を見やって、優歌は言った。
「何か私に文句があるのか?」
 美咲は優歌をにらみ返した。どうもあの戦いが尾を引いているらしく、他のメンバーはともかく、優歌に対しては無愛想であった。確かにあれを暴露したのは優歌だが、後ろで文字通り糸を引いていたエミリに対しては、普通に接しているのが甚だ苛立たしい。
「別にないですけど……じゃあ、わたしも帰ります」
「いや、伊東はダメだ」
「え? 邪魔になるんじゃ……」
「他の部員の活動を手伝うんだろ? 学園探偵部も手伝ってやれ」
「えー?」
 確かにそういう約束はしたが、いきなり探偵と言われても……。全裸よりはマシではあるが。
「普段はエミリさんが手伝ってんだけど、今日は用事があるみたいでよ」
「戸川直々の指名でもある。まあ、あきらめてくれ」
「あきらめるって……」
 口調から判断するに、まともな中身ではなさそうだ。
「ふん、先輩の言う事は唯々諾々と受け入ることだな」
「いやあの、完全に部外者の中村先輩には言われたくないんですけど」
 しゃしゃり出て来ないでほしい。
「相変わらず貴様は、文句ばかりは一人前だな」
「何を突然言い出すんですか。先輩もセリフばかりが一人前ですよね」
「なんだと?」
 つい売り言葉に買い言葉で、口調に棘がこもってしまう。
「おい、『クーゲルシュライバトル』は後にしろよ」
「二度とやりませんよ!」
「必殺魔法!」
「やめて!」
 一部始終を神崎は見ていたそうである。しかも、彼のスマートフォンのカメラで映像を撮られてしまっていた。優歌のやけくそ気味な「アクト2回!」やら「イクイーップ・オプション」やらもしっかりと記録されていた。
「はん、この程度とはな」
「いやもう、この程度でいいですよ」
 挑発には乗らないことにした。他人の過去をほじくり返したせいで、自分の恥部を作ってしまうことになるとは。
「いいみたいだし、早く行こうぜ。『萌え萌えじゃんけんピョン!』始まっちまう」
「そうだな。少し急ぐか」
「なんですか、その決して口に出したくない名称のじゃんけん……」
「俺とマッツのいきつけのメイド喫茶で、月に一度行なわれているイベントだ。メイド長と勝ち抜けでじゃんけんをしていき、優勝者には五百円引きの券と、好きなメイド一人と写真を撮る権利が与えられる」
「神崎先輩もやるんですか?」
「俺と中村は見物だけだ」
「まあそうですよね……」
 しかし、美咲と松代は仲良くなったものだ。そんなイベントにまでついていくような仲になるなんて、思ってもいなかった。
 妙な感慨を覚えながら、三人の先輩の後ろ姿を見送った。



 優歌が部室の扉を開けると、中の様相がいつもと少し変わっていた。ソファーの前に小さなデスクが置かれ、向かいにはパイプ椅子も二脚出されている。机の高さはどちらの椅子ともあっていないが、どこから調達してきたのか花の生けた花瓶が置かれていて、よそいきモードだ。
「やあ、ワトソンくん。遅かったね」
 インバネスコートにハンチング帽を被ったあゆみが、笑って出迎えた。
「名探偵には、コートに鹿撃ち帽、それからパイプと助手が必須だからね」
 そう言いながら、コートの内ポケットからパイプを取り出す。黒光りする木製の、堂々たる品に見える。
「ちょ、先輩! 未成年がそんな……」
 あゆみがそれをくわえると、ふわりとしゃぼん玉が立ち上る。
「って、玩具じゃないですか!」
「未成年が本物を使うわけにはいかないだろ? 健康に悪いし、ボクしゃぼん玉好きだからね」
 あゆみは笑ってもう一つ飛ばした。名探偵と言うよりかは、彼女の幼い容姿も手伝って、メルヘンな雰囲気である。
「その、依頼人は、まだなんですか?」
 優歌は話題を変えることにした。
「もう少ししたら来ると思うよ。何でも、先輩と相談してから、だって」
 先輩と相談できるなら、全然こんな所に来る必要ないのに、と優歌は思った。
「一体どういう人なんですかね?」
 言いながら、優歌はロッカーに自分の荷物を一先ずしまう。
「野川先生の紹介だからね、先生のクラスの子かも」
「え?」
「あ、そう言えば優歌くんは野川先生のクラスだったね」
 これはまずいのではないだろうか。こんな探偵気取りの助手をやっているなんてクラスで知れたら、明日からあだ名が「ワトソン伊東」になってしまう。
「あの、わたし急用を思い出しちゃって……」
「名探偵に嘘は通用しないよ」
 きっぱりと言われてしまって、言い逃れする気分はなくなった。
「いいじゃないか、自分のクラスで名探偵の助手をやってるって知れたら、人気者になれるよ」
「その人気者って、後ろにカッコ笑いとかつきますよね?」
「いやいや、あだ名だって『ワトソン伊東』とか『ヘイスティングス伊東』、あるいは『小林伊東少年』とか格好いいのがつくかもしれないし」
「それを危惧してるんですよ!」
 と言うか小林なのか伊東なのか分からないのは、名探偵的には格好いいのだろうか。
「そんな遠慮せずに」
 カケラもしてませんよ、と言い返そうとしたとき、部室のドアがノックされた。
「ほら、優歌ちゃん出て」
 そう言って自分はパイプ椅子の方に座る。お客さんをソファーに座らせるのだろう。普段、露子が全裸で座っているので、衛生面は怪しいのだが。
 優歌がドアを引くと、外に立っていたのは思いも寄らない二人組だった。知らない顔ではない。と言うか、二人ともをよく知っている。
「ルミちゃん……! 亜衣ちゃん……!」
 来ちゃった、と優歌の属する一年C組の市川ルミと小池亜衣は照れたように笑った。





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