七 わたしの普通が自由を生かす その3


「……まあ、いいですけど。それじゃあ、何をやるかも詰めていきましょうか」
「えー? まだ会議すんの?」
 露骨に不満げな様子で露子は眉をしかめた。
「はい、折角なんで。部長は、この後何か予定でも?」
「優歌ちゃんを全裸にする作業があるわ」
「ないみたいなんで、続けますね」
「そうね、さっきも言ったけど、わたしは部誌を作りたいわ」
「スルーしないでよ! 寂しくなるから!」
「俺はゲームを発表したい。去年の大鷺祭が終わってから、ずっと用意してきたからな」
「ゲームか……。ボクは、マッツくんの言う推理ゲームにも心惹かれるんだよね」
「え、ちょ、そのまま進行する気? ねえ?」
「俺は何でもいいぜ。何か疲れたし。着ぐるみの出番があれば、尚良しだ」
「私はエミリの案に乗ろう。今、マッツに話していて、設定を形にしてみたくなった」
「あんたら、さらっと入って来たわね……」
 救世主についての設定は語り終えたらしい。マッツの疲労はそれを受け止めたせいであろうか。
「じゃあ、あたしは参加者を募って、校内をボディペイントで歩いて、そうね、何かこうとりあえず平和あたりでも訴えるイベントを……」
「意見が出揃ったのでまとめると、部誌が二、ゲームが二、何でもいいが一、人の言葉をしゃべってないが一、ですね」
「スルーすんなっつってんでしょうが!」
 そう怒鳴って肩で息をする露子に、冷ややかな視線を送って優歌は言い放つ。
「あんまり全裸全裸言ってると、責任者権限で追い出しますよ」
「な……! 権力を得た途端、かさにかかっちゃって! あたしの芸術は、権力には屈さないんだからね!」
「芸術の芸の字を旧字体で書けるようになってから出直してください」
「伊東のヤツ、何て斬新なツッコミを……!」
「あれが優歌ちゃんの本気というわけね」
「あんた、いつか丸裸にしてやるわ!」
「警告2ですよ、部長」
「!? 全裸じゃなくて丸裸って言い換えたじゃない!」
「意味同じですから!」
 何て不毛な議論だ、と優歌は溜息をつく。自分に責任者を回してきたクセに、協力する気があるんだか分からない。
「あたしにも発言させなさいよ! 言論封殺じゃん!」
「実のある意見を言ってくだされば、聞き入れることはやぶさかではありません」
「やぶさか、とな」
「語彙もパワーアップしているようね」
「肩書きの力って恐ろしいね」
「こんな一瞬で頭の中身にまでブーストがかかるものなのか……?」
 顔を見合わせる神崎やエミリらを尻目に、露子は分かったわ、と強くうなずいた。
「ちょっと考えるから。議論進めときなさい」
 そう言って、ソファーの奥に回ると、ボディーペイント用の絵の具を取り出し、今のペイントの上から更に色を重ね始めた。
「何で、意見を考えるのに、ボディペイントをする必要があるんでしょう……」
「部長の生態について考え始めたら、日が暮れてしまうぞ」
「とりあえず、出た意見から考えてみましょう」
 そう言って、エミリは優歌に、さっき彼女が集計した結果をメモしたノートのページを示す。
「うーん、これを見る限り、やっぱりゲームコーナーをやりながら、部誌を売るのが現実的ですね」
「それじゃ去年と一緒じゃねえか」
「そこなんですよね……」
 結局それがベストという結論では、責任者になった甲斐がない。腕組みをして思考をめぐらせる優歌に、美咲が鼻を鳴らした。
「ふん、貴様の普通の発想ではその程度か。救世主が聞いて呆れる。肩書きの効果も、発想力の残念さには及ばないと見える」
「だから、今考えてるじゃないですか」
 思い出したように突っかかってくるのはやめてほしい。
「て言うか、中村先輩ナチュラルに入ってきてますけど、部員でしたっけ?」
 違うだろ、というニュアンスを込めた問いかけであった。
「失礼なことを言うな! 三日も前から私は部員だぞ」
 なあ部長殿、とソファーの後ろに声をかけるが、返事がない、ただの全裸のようだ。既に塗ってある白の下地の上から、何かを描く作業に没頭している。
「ほら、部長殿もああ言って歓迎してくれている」
「何も言ってないじゃないですか……」
 大方エミリに、「部室に来るなら入部してもらわないと」などと言われ、既に名前欄の埋まっている入部届けを勝手に提出されたのだろう。優歌がそう言うと、美咲は意外そうな顔で目をしばたいた。
「何を言っとるんだ貴様は。自分で書いて出したに決まっとろうが」
 そうなのか。何故かその一言は、胸にずしりと響くようであった。
「それで、どうするつもりだ伊東?」
「まさか、バラバラで一緒、だなんておためごかしで済ますつもり?」
「何のスローガンですか、それ……」
 そう言った時、ふと優歌の脳裏に閃くものがあった。
 スローガン。標語。目標。テーマ……。簡単な連想ゲームであった。同時に思いついたアイデアも、何の捻りもない『普通』のことであった。それが、求められる『普通』であるかは分からなかったが、優歌は言ってみることにした。
「共通のテーマで作品を作って、それを載せる部誌ってことではどうでしょう?」
「ほう、テーマ設定か」
 それでゲームはどうしたらいいんだ、と神崎は問うてきた。
「そうですね……ゲームにもそういうテーマを盛り込んで、部誌も展示も含めて、一個の共通テーマでくくっちゃうって言うか……」
 難しいかもですけど、と肩を落とす優歌に、神崎はにやりと笑う。
「いいな、それは。何、ゲームは幾つかある、テーマを決めてから見繕っても、恐らく間に合うだろう」
「テーマがあった方が、小説は書き易いしね」
 あゆみからも賛同の声が上がる。
「やっぱ普通の意見だな」
「そうね。でも、悪くはなくてよ」
 概ねみんな賛成のようだ。優歌は少しホッとする。
「となると問題は、どういうテーマにするか、だよな?」
 松代の言葉に、優歌はうなずく。
「大枠がしっかりあって、個々のテーマはその中で発揮する、というのが理想的ね」
「なるほどな。どうとでも取れそうなテーマを設定しておく、と」
 エミリと神崎の言葉で、大体の方向性はついたようであった。
「何か、意見ありますか?」
 しかし、優歌は思いつきでぱっと言ったせいか、中身にまでまだ頭が回っていなかった。なので、周りに話を振ってみることにする。
「ふん。貴様には自分の意見というものがないのか」
 案の定、美咲がそこに噛み付いてきた。
「貴様の発案なのだから、何か先に出すのが筋というものだろう。全く、常識のないやつめ」
 模造刀を持ち歩き、架空の人物に本気で恋焦がれ、自分に妙な名前と設定を課していた人物に常識を問われるとは、と内心で毒づきながら、優歌は考え考え言った。
「そうですね……例えば『夢』とか、『希望』とかそういうのですよね?」
「ふ、普通……」
 美咲もそれ以上言いようがないのか、呻くように言って顔をしかめる。
「さすが普通だぜ、優歌ちゃん」
「うむ。普通ここに極まり、といったような意見だな」
 男性陣はうなずき合っている。
「普通すぎて、逆に夢も希望もないわ」
「絶望的に普通だね」
 文芸部にも不評なようであった。





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