七 わたしの普通が自由を生かす その4


「じゃあ、どういうのがいいんですか?」 「『着衣と全裸』!」
 そう叫んで両手を振り上げながら、露子が議論に戻ってきた。白地にピンク色をした五弁の花が体中に描かれ、パワーアップしている。
「いつの間にそんな手の込んだ絵を……」
 十分も経っていない。まさしく神業であるが、こんなところで高いクォリティを発揮されても困りものである。
「どう? 『着衣と全裸』? よくない?」
「却下です。個人テーマでやってください。て言うか、あんまり全裸って意見出すなって言いましたよね?」
 警告3で退場ですよ、と言う優歌の耳に、意外な言葉が飛び込んできた。
「いや、いいんじゃないか?」
「うぇっ!?」
 神崎がポツリと言った言葉に、優歌は思わず頓狂な声を上げる。
「ちょ、正気ですか!?」
「残念ながら、自由創作部といえば全裸というイメージがあるのは避けられない事実だ。今年の部誌は、自由創作部として最初の部誌になる。一般にもたれるイメージに沿ったものを最初にするのは、間違いではない」
「確かにな。あんま認めたくねーけど」
 松代も同調する。
 そう言えば、優歌が初めてこの部室に来た時、露子に引っ張り込まれそうになって、下を通る野球部員に助けを求めたことがあった。その時、彼は「自由創作部に全裸の痴女がいるのは仕方ない」というような態度だった。二年生以上の生徒に、それが浸透しているのは、想像に難くない。
 更にクラブ紹介のプリントにも『全裸にならない人』などと書かれていたこともあって、一年生にも伝わっている。既に優歌の知らないところで、「自由創作部=全裸」は常識になっているのかもしれない。
 とりあえず、自由創作部所属であることは、これからもおおっぴらに言わないようにしよう、と固く誓う優歌であった。
 それはさておき。
「でも、そういうイメージがあるからって、恥を上塗りするのはどうかと思うんですが」
「な、何が恥よ! 裸で何が悪い!」
 テーマの部分よりも、アイデンティティに関する部分で抗弁する露子を横目に、エミリが肩をすくめる。
「部室内でも全裸はやめてほしいところだけど、最初の部誌ということを考えると、『着衣と全裸』は、わたしもいいと思うわ。どうとでも取れるテーマだし」
「そうだね。ボクも『何故こんな所に裸の死体が』みたいなミステリーが書けそうだよ」
 文芸部からも賛成は得られているようだ。
「覆っていることと、剥き出しであること。そういう二項対立として捉えれば、テーマとしても不自然ではないな」
 中村先輩が真っ当なことを言うなんて! 優歌は軽い衝撃を覚える。
「それってあたしは何すんの? 全裸パレード?」
「着衣の部分はどこ行ったんですか!」
 自分で言ったくせにオミットしてきやがった。
「部誌の表紙とか、お願いしたいんですけど……」
「ほいほい。表紙ね」
 恐る恐るの要請だったが、露子は簡単にうなずいた。
「全裸以外でお願いしますね」
「な……! 『着衣と全裸』で、全裸以外何を描けってのよ!」
「着衣があるでしょ!」
 表紙からノーガードとは、かなりのアグレッシブさだ。男子の客は買うかもしれないが、女子は買いにくいことこの上ない。その辺りから優歌は責めた。
「……分かったわ。中表紙にしとくから」
「ええ、まあそれなら……」
 テーマにしたのも事実なので、あまり突っぱねても仕方ない。優歌は渋々うなずいた。
「大体まとまってきたね」
「あと、決めておくことは……」
 優歌はエミリの顔をうかがう。
「そうね、ページ数に関しては、また後日詰めていきましょう。一ページごとの構成やら何やらもあるから……。優歌ちゃんには後で、去年の部誌をあげるわ。参考になさい」
「あ、はい。ありがとうございます」
 意見を出せば、質問を投げかければ、答えが返ってくる。心地良い手ごたえだ。そんな当たり前のことに、優歌は感動していた。目に見えない何かがぶつかり合って、彼女の心を高ぶらせていく。
「後決められるとするなら、部誌のタイトルか」
「それなら、『神々の黄昏』という意味の、『ラグナロク』というのはどうだろうか?」
「それ誤訳らしいよ?」
「何……だと……!」
「て言うか、テーマと関係ないし」
 あゆみの注釈に驚愕の表情を浮かべる美咲は捨て置いて、優歌は先輩達の顔を見渡した。
「どうしましょう? テーマそのままじゃ、微妙ですよね?」
「じゃあ『全裸』」
 妙に自信たっぷりに、露子は言った。
「『着衣』どこいったんですか!?」
「……草葉の陰から、あたしたちを見守っているわ」
「勝手に殺さないの!」
「悲しい、事件だったね……」
「無茶しやがって……」
「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」
 虚空に向かって敬礼をする松代の隣で、神崎は遠い目で語った。
「誰とだよ!? て言うか、何の話ですか!?」
「じゃあ『ネイキッド』」
「英語にしてもダメ!」
 やはり全裸にこだわる露子であった。
「なら『全裸魂』」
「雑ですね」
「うーんと『全裸心』?」
「あんまり意味変わってませんよ」
「裸の心、と書いて『裸心 ―らしん―』というのはどうだろうか」
 驚愕による硬直から復活した美咲が口を挟む。
「何か、ヌード写真集みたいですよ、それ……」
「何がヌードだ。いやらしいことを言いおって」
 現在進行形でヌードの人がいるのに何を言ってるんだ、と優歌は肩をすくめる。
「ヌード……。じゃあ、いっそ英語にして『ネイキッド・ハーツ』は?」
「複数形になった!?」
「部員みんなが、裸ってことよ」
「いらない誤解招きますよ! て言うか、裸フューチャーしすぎでしょ!」
「『着衣』は地獄の底から見守ってくれているから……」
「地獄落ちてた!? じゃなくて、エミリ先輩まで乗っからないでください!」
 収拾がつかなくなる、と優歌は慌てた。
「んじゃ、略して『ネイ・ハー』」
「何か、水素イオン指数みたいですね……」
 発音も概ね、ペーハーといった感じであった。
「カタカナは少し固いな。中黒も取って、ひらがなにしたらどうだ」
「『ねいはー』?」
 首を傾げる露子の横から、エミリがそう筆記したノートのページを示す。
「ちょっと間抜けで、不思議な感じですね。意味はよく分からなくなりましたけど……」
「まあ、いいんじゃね? 来年以降も使っていくわけだしよ」
「……マッツ先輩、さらっと今怖いこと言いませんでした?」
 と言うか来年以降も「全裸」と何かというテーマで行く気なのだろうか。
「いや、『ねいはー』ってフレーズ自体が一人歩きしたら、テーマが『全裸』と関係なくなっても、使っていけるんじゃねえかなって」
「そうね。それに、かわいくていいわ。文芸部の部誌は、『いつかこの言の葉も散り行くとしても』って、妙に高尚だったもの」
「何ですかその超格好いいの……」
「素晴らしい、ハイセンスだな!」
 美咲と意見が一致してしまったのに、何故かショックを受けた。
「そうかしら? 押し付けがましくて、あまりわたしは好きじゃないのだけれど」
「がらっと、雰囲気が変わっていいかもね」
 あゆみの言うように、去年までの部誌との違いを出す意味ではいいのかもしれない。
「少し、軽すぎるような気もするが……。まあ、異論はない」
 優歌も止める必要は感じなかったので、部誌のタイトルはそれと決まった。
「これで大体終わりかしら?」
「そうですね……。後のことはまた、話し合いましょう」
 エミリに優歌はうなずきかける。
「じゃあ、今日はこの辺りで終わりましょうか」
 珍しく、露子が部長のように締めた。



「すいません、部長」
 みんなが帰る準備をする中、服を着始めた露子に、優歌が近付いてきて言った。
「どうしたの?」
「少し、待っててもらえませんか?」
 渡したいものがあるのですが。そう言う優歌の面持ちが真剣だったので、露子は怪訝な顔でうなずいた。





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