終 裸にもなれない僕らだから


 自由創作部の部室の中、露子はソファーに座していた。足を組んで腕を載せ、頬杖をついてどこか物憂げであった。
 大鷺祭に関する会議の後、優歌が彼女に「待っていてほしい」と言ったのは、エミリを始めとする他の部員は、みんな知っていた。帰ったのか、席を外しただけなのか、とにかく今は部室の中は露子一人であった。
 先刻は帰る準備のため、服を着ようとしていたが、優歌の言葉を受けて今はまた全裸である。少し時期を外してしまった、白地に桜のペイント。左半身から散り行く花びらが右に流れるかのような、動きのある絵柄である。
 あの子が止めなかったら、これで新入生を勧誘するつもりだったのにな、と露子は内心呟いた。
 勧誘か。同時に思う。そんなことをしなくても、あの子はやって来た。まるで、何かに導かれるかのように。ずっと幼い頃、今よりもよっぽど純粋に信じていた神さまが、連れてきてくれたかのようだ。
 まあ普通に考えると、クラブ紹介のプリントにあたしが描いた絵がよかったみたいね。
 自分の描いたものが、印刷する前に「全裸にならない人」に差し替えられていたことを知らない露子はほくそ笑む。
 今年の三月、露子が先代から部長を引き継いだ時、さし当たって新入部員をどう勧誘するかを、話し合ったことがあった。
 エミリは乗り気ではないどころか、明確に「いらない」とまで言ったが、新入生が最低一人は入らなければ廃部、という通達に観念したようだ。
 あいつはちょっと、排他的なとこがあるもんな。合併を不幸だなんて未だに思ってるのは、本人は否定していたけど、あたしらに入り込まれたくなかったんだろうな。ワンゲルの部長を追い出したのも、つまりはそういうことなんだ。もっと裸になれよ、と面と向かっては言えないことを呟く。
 デッちゃんも、よくあんなことを引き出したものだ。優歌に責任者をやらせる旨を打ち合わせた時は、彼が言ったように、こんな芝居がかったセリフが飛び交うとは思ってもいなかった。
 それにしても、混沌としたミンチ、か。言いえて妙じゃない。なら優歌ちゃんの役目は、救世主というよりシェフかな。簡単には料理できないだろうけど。
 と、そこでドアノブを捻る音がした。顔をそちらに向けると、優歌がドアの隙間からこちらをのぞきこんでいる。この子は、確か始業式の日もこんな風にしていたな、と一ヶ月しか経っていないあの時のことが、妙に懐かしく思えた。
「どうしたの、入りなさいよ」
 あの時は悲鳴を上げて逃げ帰ろうとした少女は、その言葉で部屋の中へ入ってきた。





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