三 これでもう後に引けなくてよ? その4 大鷺高校の正門を出て、駅とは逆方向に五分ほど歩くと、ファミレスの向こうに白い壁の建物が見える。これが、件の市立図書館であった。 電車通学の優歌は、こちらの方に来るのは初めてで、近くに図書館があることも知らなかった。 「うちの生徒は、あまり利用していないみたいね」 「駅とは逆方向だしね」 「学校に図書室もありますもんね」 大鷺高校の図書室は、情報館と呼ばれる建物の中にある。まだ優歌はあまりなじみはないが、文化系の生徒は昼休みなどによく利用しているようだ。 薄暗いエントランスを抜けて左に曲がると、持ち出し防止の警報装置に挟まれた、閲覧室の入り口が見えてくる。入ってすぐ左がカウンターになっていて、そこにいたエプロンをつけた眼鏡の女性が、こちらを見止めて、手招きをしてきた。 優歌はエミリの後ろにくっついて、カウンターの内側に入った。眼鏡の女性の案内で、奥の本棚に囲まれた小部屋に通される。 ここは予約の入った本や資料をまとめて置いておく場所らしい。図書館に特に思い入れのない優歌ではあるが、少しどきどきした。 「よく来たね」 そう言って笑顔を浮かべる眼鏡の女性に、優歌は自己紹介をした。 「はい、はじめまして。私は土井奈留子。探偵だよ」 「え!?」 色んな意味で聞き覚えのある自己紹介を女性はした。 「なに鳩がガトリングガン食らったような顔してんのさ」 「いや、それ普通死にますから」 早速ツッコミの手番が回ってきた。慣用表現だよ、と土井は肩をすくめる。 「ボクの師匠だよ。名探偵の何たるかを教えてくれたんだ」 「そう。大鷺高校初代学園探偵とは、私のことさね」 「はあ……」 得意げに土井は胸を反らすが、優歌は溜息交じりの返事しかできなかった。どうやらこの人が探偵気取りの元凶らしい。 「お弟子さん、何か突然ネコとか言い出したんですけど?」 「ああ、出しちゃいけないものっしょ? 普通ネコじゃん。もしくはサーベルタイガー」 「それ、どこの世界の普通ですか!?」 ここまでの共通認識とは思わなかった。 「君の知らない世界の、かな?」 「名探偵でないものには分かるまい」 この師弟を見るに、一生分かりたくない種類のものだと、優歌には思えた。 「もっとこう、常識的なことを教えてくださいよ……」 「そういうのは学校で教えてくれるじゃん」 あゆみの何が不満だよ、と土井は口を尖らせる。 「色々ありますけど、とりあえず、女の子なのに、ボクとか言うとこですかね」 「優歌ちゃん、それ本人を目の前にして言うことじゃないよね……」 あゆみがじっとりとした視線を送ってくるが、優歌は目を逸らした。 「ボクッ娘は私が仕込んだ」 「あんたが元凶か!」 今度は口に出して言ってしまった。 「何だよー、神崎の坊やみたいなこと言うなよー」 既に抗議は受けていたらしい。 「それも名探偵とやらに、必要なことなんですか?」 「ううん。私の趣味」 「素晴らしい趣味ですわ、お姉さま」 「だろだろ?」 お姉さまて。うなずき合うエミリと土井を見て、優歌は頭が痛くなる。 「何故そんなことを……」 「似合うじゃん。かわいいだろ?」 「かわいければいいのよ」 言いながらエミリは、あゆみの頬をぷにぷにとつつく。やめてよー、と言いながらあゆみも嬉しそうであった。 「こらこら、いちゃつくのは後にしろよ」 「何空間ですかここは!?」 普段に比べると、妙にエミリも気を抜いているように見える。そういう息抜きの意味もあるのかな、とふと思った。 「まあ、とりあえず優歌くんとやら、君に一つ聞いておきたいことがある」 エミリとあゆみ、二人の肩を抱きながら土井は切り出した。誰彼構わず「くん」付けするのも、彼女の教えのようだ。 「なんでしょう?」 様子はともかく、改まった口調であった。 「もしかして良識枠?」 「どんな質問ですか!?」 「どうやら、そのようなんですの」 エミリが土井の顔を振り仰いで代わりに答えた。 「えー、どうやって入れたん? ドラフト? 金銭トレード?」 「いいえ。何を思ったのか突然訪ねてきまして」 「何で来たん? 夢のお告げ? 先祖の遺言? 預言書に書かれてたから?」 「どんな理由ですか! 単に、どういうクラブなんだろうって思っただけです」 言わば流れです、とさっき野川にしたのと同じような説明をした。 「ふーん」 気のないような返事をしてから、土井はにっこり笑った。 「染まっちまえば、楽になるぜ」 「嫌ですよ!」 「ダメですよ」 エミリも首を横に振る。 「ツッコミがいないと、安心してボケられませんわ」 「何言ってんだ!?」 珍しくかばってくれたのかと思ったら、そう言うことか。 「おおむね去年そんな感じだったじゃん。演劇部の三人がボケっぱなしで、卒業した文芸部の二人もボケっぱなしで」 「去年怖っ! 収拾つかないじゃないですか!」 入学が今年でよかった、なんて思ったのはこれが初めてであった。 「その点今年は、露ちゃんだけじゃん? その露ちゃんも三年生になって、落ち着いたっしょ?」 「あながち部長だけ、というわけでもないんですが……」 「露子部長、今年も二年生なんだよ」 「学年では『七がダブって四十九条』と呼ばれていましてよ」 「えー、ダブッたん? だからトップレスから全裸に進化したんか」 はいはい納得、と土井はうなずいている。 「それは大変だねー、良識枠一人で」 「ええ、まあ……」 「でも、染まっちまえば楽になるぜ!」 「何で染めようとするんですか!」 「優歌くんが染まっても、神崎の坊やが良識枠に戻るだけさね」 「染まる前に良識枠になってほしいですよ……」 まあそれでも、時々は助けてくれるのでそれはいいのだが。 「あら、もうすぐ時間ですわね。そろそろ準備を始めないと」 「おお、本当だ」 壁に掛かった丸い時計を見て、土井は二人から体を離す。 「じゃ、今日も頼むよ『お話タイーム』」 「はい。行きましょう、あゆみちゃん」 「うん」 二人は手すら繋いで部屋を出る。優歌も慌ててそれに続いた。 三人は書庫の入り口を出て右、貸し出しカウンターとは逆側の、エレベーターに乗った。 あゆみが「3」の階数ボタンを押してドアを閉める。 「『お話タイム』って、絵本の読み聞かせですよね」 「ええ、月に一回くらいのペースでやらせてもらっているの」 「今日はどんな絵本を?」 手を繋ぎあったエミリとあゆみは、顔を見合わせて笑う。仲の良い姉妹、いやあゆみの格好から言うと姉弟のようだ。 「オリジナルよ。話の大枠は借り物だけれど」 そんなことを話しているうちに、エレベーターは止まった。 一階と同じようなつくりの暗い廊下は、やはり貸し出しカウンターの内側に続いていた。 二人に先導されて、優歌は部屋の南側の角に案内された。 そこには小学校の教室一つ分程度のスペースが取られていた。背の低い棚と明るい色のカーペットで他のスペースとは区別されており、下足は脱ぐようになっている。フロアには、明るい色使いのクッションなどが置かれていた。 「これよ」 エミリは棚の一つから絵本を取り出して、優歌に見せた。表紙いっぱいに、淡い色使いで夕焼けに染まる幻想的な街が描かれている。 「わあ、綺麗な絵ですね……」 「部長の筆によるものよ」 「え!?」 去年、自由創作部で作ったものらしい。話の内容をエミリとあゆみが作り、絵を露子が担当したそうだ。 「部長、こんな特技もあったんですね」 「隠れた才能だよね」 「本当、こちらを本業にしたらいいのに」 本人不在の中、無茶苦茶な言い様である。 「どんな内容ですか?」 「そうねえ……予行練習もかねて読んであげましょう」 そう言ってエミリは絵本を広げる。わあ、とあゆみが隣で拍手をした。 「むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました……」 どうやら内容は『桃太郎』らしい。おじいさんが山へ芝刈りに、お婆さんが川へ洗濯に行き、おばあさんの方の行動を追っている。 表紙の絵と内容が噛み合っていないが、部長のやることなので仕方ないのかもしれない、と優歌は無理矢理納得する。 「おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃がきりゅりゅりゅしいぃぃと流れてきました……」 妙な擬音である。そうした意図も不明だ。だがここで引っ掛かっていてはいけない。優歌はツッコミを押し止めた。 おばあさんは桃を川から引き上げて、持って帰る。ここでまた何かあるかと思ったが、先の擬音以外は至って普通に進行している。 「おじいさんが帰ってきて、二人は桃を食べることにしました。おばあさんが包丁で桃を真っ二つにすると、ちょうど中心に入っていた胎児も一緒に半分に切れてしまいました……」 恐る恐るエミリの様子をうかがうが、彼女は平静な様子だった。 「『おお何という事だ』おじいさんは、真っ二つの死体を抱え上げて嘆きます。 胎児と言えど、既に人の姿をしていました。二つに分かれた頭蓋からぷるんと脳みそが、腹からは五臓六腑が、赤い血の滝とともにこぼれ落ちます……」 ぷるんて。五臓六腑て。血の滝て。気持ち悪くなってきた。 「『かわいそうなことをしてしまいました』おばあさんも悲しそうです。 『でもばあさんや、誰が桃に赤ん坊が入っていると考える?』 『そうですね、考えられませんね』 『これは事故じゃ。想定外じゃ』おじいさんは断言しました。 『世間体もあるから、手厚く葬ってあげましょう』おばあさんも同調します……」 ここからどうやって展開するつもりだろうか。別の意味ではらはらどきどきである。 「こうして二人は、胎児のお墓を作ってあげました。 それが、今のピラミッドです。とっぴんぱらりのぷう……」 エミリは絵本を閉じ、ひきつる優歌の顔を見て尋ねた。 「どうかしら?」 優歌は一つ息をつき、そして叫んだ。 「どんな絵本だよ!!」 溜め込んでいた分、非常に力と意志のこもった絶叫であった。 「一体なんなんですかこれ! どこ対象の絵本ですか!」 「幼稚園児から小学校低学年くらい」 あっけらかんとエミリは言った。 「どこの園児がこれで楽しめるんです!?」 「じゃあ逆に聞くけど、優歌ちゃん」 エミリは小首を傾げる。 「ありきたりな桃太郎の話なんてされて、園児は喜ぶのかしら」 「それは……」 「もうこんな展開は飽きた。そういう顧客のニーズに合わせて、たまには変化球を投げるべきなのよ」 「変化球と言うよりも、大暴投っぽいんですけど……」 むしろバッターボックスに立ったら、ピッチャーがボーリングの球を転がしてきた感がある。 「と言うか、最初の擬音の段階で不安は感じてたんですよね……」 よもやこう来るとは。あの段階でツッコんでおくべ気だったかも知れない。 「えー? あれマンネリ脱しててよかったでしょ?」 「一ミリたりとも桃が流れてこない音でしたよ!」 あゆみが口を尖らせる。あの部分は彼女のアイデアだったらしい。 「しかも桃太郎真っ二つだし……」 「みんな、あの時どうして無傷だったのか、疑問だったと思って」 「先輩のアンサー恐ろしすぎますよ!」 「でも、普通はそうならない?」 「ならないから、おとぎ話なんです!」 「子どもの頃から現実を知っておくと言うのは、重要なことよ。それを伝えるために、わたしは児童書を書きたいの」 「あんまり真実突きつけすぎても毒ですよ!」 ツッコミどころが多すぎて、パンクしそうだ。 「て言うか、開始一分もしない内に主人公死亡とか、趣旨変わっちゃってますよ! しかも脳みそや内臓がこぼれるとか、全然いらない描写だし」 「しっかり描写しておいたのだけど、部長にボカされちゃって」 そう言ってエミリが広げて見せたページには、花畑の絵が描かれている。 淡い上品な色使いの美しい絵だが、その上には「五臓六腑が、赤い血の滝とともに」などと書かれており、全体として見ると悪夢のような仕上がりであった。 「ボカしたどころじゃないですね……」 それでも描写を避けたことには、部長グッジョブと言いたい優歌であった。 「現物がないから描けないって言ってたよ」 「あらあら。今度から用意しておかないと。彼女のお腹を裂こうかしら」 「問題はそこじゃないですよ! て言うか裂かないでください!」 「………………冗談よ」 「先輩が言うと冗談に聞こえないんですよ!」 今までの言動は、この人ならやりかねない、という危惧を優歌に抱かせるのには、十分であった。 「で、最後がピラミッドって……意味が分からないんですけど」 「歴史の謎がまた一つ解けちゃったね、この名探偵の手によって」 「あゆみ先輩はそんなんでいいんですか!?」 これもこの人か。どうやら大筋をエミリが、小ネタをあゆみが決めたようだ。 「ここまでカオスにやっといて、最後だけ『とっぴんぱらりのぷう』って、今更おとぎ話面されても……」 「終わりよければ全てよし、だよ」 「これだけでオールオーケーになるような内容じゃなかったでしょ!」 「美しい伝統は、守らなくてはならないのではなくて?」 「他にも守らないといけないものがたくさんあると思うんですけど!」 むしろ、それらを全部取りこぼしてしまっている。 「別のにしましょう」 「えー、やだぁ」 「かわいく言ってもダメです!」 潤んだ目でかぶりを振るあゆみに、優歌はびしりと言った。 「子どもに悪影響が出るし、保護者の方から苦情が来ますよ」 「そんなことを気にしていては、創作なんてできないわ」 「ちょっとは気にしてください! て言うか、ある程度そういう制約が普通どこでもあるもんですよ」 「でも、苦情や訴訟は一番の宣伝になるのではなくて?」 「災い転じて福となす、だね」 「転じすぎですよ!」 優歌がそう言った時、館内放送が響いた。 『利用者の皆さんに連絡いたします。本日、午後十六時三十分より、当館三階キッズスペースにて、大鷺高校自由創作部のみなさんによる、創作絵本「ネオ桃太郎 とろける花の蜜に溺れるかのように」の読み聞かせが行なわれます。是非、お子さまとご参加ください……』 「すごいサブタイトルついてた!」 絵と内容とサブタイトル、全部がここまでまったく違う方向を向いているのも珍しいだろう。 「あちゃー。師匠、宣言しちゃったね」 「これでもう後に引けなくてよ、優歌ちゃん?」 「……勝手にしてください」 とりあえず、のど飴でも舐めながら後ろに引っ込んでおこうと思う優歌であった。 「何だ、無事だったのか」 自由創作部の部室の戸を開けて入って来た露子に、神崎は言った。 「ええ。ボディペイントがなければ即死だったわ」 じっとりと脂汗さえ浮かべてそう言うと、露子は欠片の逡巡もなく、衣服を脱ぎ始める。 「エミリ達、また例のボランティア?」 「らしいな」 「デッちゃんはいかないの?」 「誰がデッちゃんだ。あれは文芸部の活動だしな、後輩に任せることにしよう」 「あんた、土井の姐さん苦手だもんね」 「坊やと呼ばれて気分のいいものもおるまいよ。まったく、あのおばさんは……」 「おばさん、なんて本人に言ったら怒るわよ。アラサーって微妙な時期なんだから」 「それは杞憂だ。部長のように、口が軽い性質ではないからな」 「言ってくれるわね! 大体あたしのどこが口が軽いのよ」 ついさっき、本人に陰口を聞かれて『嘆きの谷』へ送られたというのに、どの口が言うんだ。そういう意志のこもった視線を投げかけるが、複雑すぎて伝わらなかったらしい。露子はにやにやしながらこう言った。 「何? じろじろ見て? お姉さんの脱衣に興味が出てきた?」 「醜悪なものを惜しげもなくさらすものだな、と感心していただけさ」 「照れなくてもいいのよ」 「あなたはもっと照れや恥じらいを覚えるべきだと思うが」 それに包み隠さない本心を告げただけなのだがな、と神崎は心の中で呟く。 「真面目な話さ」 ショーツから両足を引き抜いて、ソファーに腰掛けて足を組み、言葉通りの表情で露子は言った。 「こうやって一個のクラブになったのに、みんな好き勝手やってるのはまずくない?」 「一番フリーダムな人間からそんなセリフが出るとはな」 そう茶化しても露子は表情を崩さないので、神崎は本気で答えることにした。 「その時が来れば、みんな一丸となるさ。最近姿を見せんあの男も、な」 「ああ、いたねそんなのも。あいつはともかく、優歌ちゃんは?」 「無論、包含されている。彼女が来たということが、我々が真に一つのクラブとして動くことが、必要とされている証なんだ」 「それは誰の必要?」 「世の中の大きな意志さ。あなたが望むなら、神とでも呼ぶがいい」 神さま、ね。溜息と同時に露子は言った。 「何せ伊東は、史上初めての純粋な自由創作部の部員だからな」 「まあ、何だっていいわ。あたしの目標はとりあえず、優歌ちゃんを裸にすることだし」 物理的な意味だけでなく、仲間にするという精神的意味合いを含んでいるのだろう、と神崎は好意的に解釈することにした。 「好き勝手やるのがまずいと言うくせに、新入部員は美術部の側に引き入れる気か?」 「ううん。女子は全員全裸、男子は全員あたしをちやほやする。それがあたしの思い描くクラブの理想像だからよ!」 力強くそう言う露子に、そいつは胸が寒くなるな、と神崎は肩をすくめてみせた。 「今度は優歌ちゃんに絵を教えるところから攻めてみようかしら」 「部長の絵画教室か……。まず服を脱ぎます、から始まりそうだな」 「まっさかー。まずは精神の集中から始めるわよ」 「その次は?」 「服を脱ぎます」 「……真面目な回答を期待した俺がバカだった」 「あたしはいつだって真面目よ?」 露子はいかにも心外だわといった様子で眉根を寄せ、口を尖らせた。 「だからこそ始末に負えん、ということか」 これだから三次元は困る、と神崎は呟いた。もしここに優歌がいれば、いや部長が特別ですから、とツッコんでいるところだろう。 その優歌は、キッズスペースで一人座り込んでいた。 「お話タイム」を終えて、子どもたちはみんな帰って行った。エミリとあゆみは、バックヤードを手伝ってくると、手を取り合ってカウンターの奥に行ってしまった。 どこか打ちひしがれたような様子の優歌を見かねて、土井が話しかけてきた。 「どうしたん?」 「わたしの思いもよらない世界って、こんな近いところもあるんですね……」 「はあ?」 冷めたような虚ろな目の優歌に、土井は訝しげな視線を送った。 「あんな絵本がうけるなんて……」 『ネオ桃太郎 とろける花の蜜で溺れるかのように』は、優歌の予想に反して、大好評であった。子どもが面白がるのはまだしも、一緒に聞いていた保護者からクレームがつかないことが、優歌には不思議でならなかった。 とりあえず、ツッコみすぎてエネルギー切れであった。のど飴よりも、栄養ドリンクの方が必要だったかもしれない。 「何が普通なのか、分からなくなりましたよ……」 「あれはああいうものとして、ちょっとした名物だからねえ」 「それもどうかと思いますが……」 もし今、日誌をつけるとしたら、この異常な状況をつぶさに描写できるだろう。しかしそれでも、いやむしろそれだけに、自己紹介スペースにクラブのことは書きたくない優歌であった。 |