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act.04 辛い日


 ああ平和。この状態が平和と言うのなら、このクソな状態が平和と言うのなら、あたしは平和に殺されてしまう。
 混沌が足りない。あたしの糧は混沌だ。足りない足りない足りない。
 さっき隣を歩いていた学級委員女を陵辱しながらぶっ殺しても、きっと足りない。世界中のムカつく連中を、全員ぶっ殺しても足りない。いらない物に満たされた、空っぽのあたしがぶっ壊れる。空っぽの世界が欲しいのに、空っぽなのは自分自身か。
 人と関わると、やはり苛々する。どうしてこうも無理をして人間関係というものを築かなければならないのか。あたしは小学校からずっと孤独だったのに。そしてそれで平気なのに。
 あたしは小学生の時に知ってしまったのだ。この世の中は自分とそれ以外の人間でしか出来ていない事に。
 一見当たり前のような話だ。けれど、多分世の中の多くの人間はそれ以外の「友達」とか「親友」とか「仲間」とか「親兄弟」とか「敵」とか「恋人」とか、そういう煩雑な区分で自分の周りを埋め尽くしたがっているじゃないか。
 そして、その区分が多ければ多いほど偉いと勘違いしているんではないだろうか。
 そうでなければ周りの連中が、あんなにも無理をしながら関係を続けている事に対する説明がつかない。非論理的だ。
 あたしはそんな事に価値を置かないから、そういうものは欲しくないのに、佐藤はあたしの特別になろうとしてきた。自分があたしにとってはその他大勢なんだとは知らずに。
 でも、実際の所あたしも無理をしているんだ。壁を作って必死に「それ以外」という区分を守ろうとしている。「俺たち、友達だよなー!」「なー!」と月一で確認しあうだけの仲良しクラブのように。
「よう」
 と、話しかけてきたのは、ドロップアウトしたニートで親に見捨てられた哀れな青年だった。
「おかえり」
 よく見ると髭を剃って、かなり爽やかな印象になっていた。デートか?デートか?
「いや実はよー、バイト始めたんだ。内緒だけどな。」
 中年女にもこの家の世帯主である医者も、彼がバイトをすることに関しては反対だったはずだ。確か、そんな事をするよりも大検を目指して勉強しろ、食わせてやってるんだからありがたく思え、働く必要などないそんなに俺の給金が不満か、などと勝手なことを怒鳴られ続けていた気がする。
「大して収入よくないけど、俺も独り立ちしないとな」
 お、やべ!と腕時計を見て言うと、彼はあたしに手を振って洗面所を出て行ってしまった。続いて玄関の閉まる音。あたしはやはり彼がこの家で一番まともな人間だと感心したのだった。

 夏休みは目前だ、いえーい。全然嬉しくない。
 しかも中年女がぶっ飛んだことを言い出した。
「咲ちゃん、進路は医学系に進むのね」
 いつの間にか決定していた未来。一瞬驚いたが、進路調査書に五秒ぐらい悩んで書いたんだった。あまりにでっち上げの適当だったから忘れていた。
「お父さんと同じ道を選ぶのね。きっと喜ぶわ」
 喜ぶからどうだと言うんだ。まあぬか喜びくらいはさせてやってもいいか。
 あたしは一人娘の役だから、従うフリをするのも大切な演技の一巻なのさ。
「でもね、いくら学校の成績がよくても受験はまた別の厳しさがあるの。だからね……」
 中年女は一枚の紙を出してきた。それは、よく新聞に挟まっているビラだった。
 大きいフォントのハイカラなカタカナの文字列の下に、張り付いたような笑いを浮かべる健全な青少年が3人と、スーツ姿の30ぐらいのおっさんの写真があった。
 その隣には色取り取りのグラフが描かれ、「○○大進学率No1!!」とか「実績一番!!」などの文字が踊っている。
「駅前にある予備校なのよ。知ってるかしら?全国展開してるみたいだけど……」
 そういえばこの名前見た事がある。ハンネの裏口から少し行った所だったか、確かビルの二階にあって一階にはコンビニが入っていた筈だ。
「この校の教室長さんは、母さんの学生時代の同級生なのよ」
 どっちの?と聞きかけてやめた。今うだうだ話してる方に決まっている。
 それにしても、そんな情報があたしにとって何になると言うのでしょう。
 だから優秀だよってか?こいつの同級生のならタカが知れてる気もするが。
 そうは思いながらも、あたしは予備校に行くことにしたのだった。こいつの言うことに逆らうとロクな事がないだろうし、いい子でいい子で反吐が出るほどの咲ちゃんでまだいるべきだろうから。
 ただ、医者になる気は毛頭ない。じゃあ何になりたい?と聞かれても答えられないのだが。
 もう、ゼムクリップにでもなろうか。それなら今と大して変わらないだろう。「ジョシコウセイ」と「ゼムクリップ」
 おお、そっくりじゃないか。


 今日あたしに昼ごはんはない。中年女の謎の方針である、週一回の「お弁当ないデー」だからである。戦時中は「肉なしデー」なんてナンセンスな物があったと、そろそろもうろく気味な社会科の老教師が言っていたが、それと肩を並べるくらいのバカな日である。結局は、お弁当を作るのがめんどくさい日なのだから。
 それが悪いとは言わない。彼女とて、他人に過ぎないあたしを育てているのだから。
 けれど、その言い訳に「咲ちゃんもね、お店で食べる社会勉強をした方がいいと思うの」なんて事を言うのはやめてほしい。と言うか死ね。
 そんな苦しい言い訳しなくても、彼女の大変さくらいあたしは受け入れられるのに。
 その「社会勉強」とやらに逆らって、あたしはこの日はごはんを食べない。購買でサンドイッチや焼きそばロールなんかの昼ごはんにしやすい物を買うのは至難の業だし、かと言って色んな料理の臭気で窒息しそうになる食堂でランチを食べるのも嫌だ。
 となると必然的に昼ごはんは抜きになる。別にそこまで基礎代謝が高いわけでもないし、まだ若いですからこれが激太りに直結するわけもない。  第一、食べる量が減ってるわけだから体重の減少に繋がっている。あー、ヤバイ。30キロ台に入っちゃうかもーってレベルだ。
 そうしてラマダーンを敢行するとなると昼休みは尋常じゃなく暇になる。  テストを控えているなら、教科書読んだりノートをまとめ直したりとすることに事欠かないのだが、この時期は如何せん中途半端だ。だるだると席に座っているしかない。
 本でもあればいいのだが、あたしが隠し持っているのは生憎成人指定のポルノばかりなので、昼間の学校に持ち込むのは気が引ける。下手したら補導だし、黒と白の車が来る、かも。
 席でボーっとしてるのも不健康なので、あたしは学校の中をぶらぶらする事にした。まあ昼ごはんを食べない時点で大概不健康だが。
 一人でうろうろしていると大抵変な目で見られるが、あたしはあたし自身をここでは空気だと思う事にしているので大して苦にはならない。
 廊下をぶらぶら歩いて、階段を下って外に出る。
 それでもやっぱり人目につかない所がいいので、あたしはあたししか知らない、体育館と学校の周りを取り巻く塀の間の空間へ足を進めた。
 こういう所では大抵不良さんがタバコを吸っているものだが、ここは体育科の教員室が近いので連中には好まれないのである。
 時々あたしは暇な時間をここで過ごす。目まぐるしくクソな時間がババ色の残像をまとって過ぎるこの学校の中で、唯一の安らげる場所なのだ。
 しかし、珍しくそこには先客がいた。慌てて体育館の陰に身を隠す。背の高い三人の女生徒が、一人を取り囲んでいたのだ。
 全然知らない三人だったが、制服の襟の色から判断するに同学年だろう。カツアゲかもしれない。あたしも出て行ったら危ないかもしれない。哀れな犠牲者を見て見ぬふりでやり過ごす。うん、普通の反応。
 会話はよく聞き取れないが、「友達じゃなーい」とかそういう猫撫で声が聞こえる。
 今一迫力がないな。それにいやらしいやり方だ。殴ったり蹴ったりするよりも悪質で、故にアザなどの証拠が残らない。中がズタズタに切り裂かれたランドセルを思い出して、あたしは不快感に顔をゆがめた。
 吐き気がする。こんな醜悪なヤツらと同じ空間にいるのが耐えられない。
 暫くして、三人はあたしが隠れている方とは違う方向に歩いていった。真ん中の女の手には、獲物の持ち物と思しき財布が握られていた。そして、包囲を解かれてもなお座り込む草食動物は――見知った顔だった。
 我らが唾棄すべき隣人、学級委員長女こと、佐藤葵。
 何をやってんだあの女は。
 あたしの認識としては、あいつはカツアゲする方だったのだが、いつの間に華麗なジョブチェンジを果たしたのだろうか。それとも、初めからカーストがシュードラ以下だったんだろうか。
 佐藤は暫く座り込んでいたが、やがて立ち上がって三人が去った方に歩いて行った。あたしに気付くことはなかった。よかった、相談されたらたまらない。警察に行くかなんかしろ、としか言えない。
 それにしても、財布を取られたらあいつは昼ごはんをどうするんだろう。確か昨日、いつも食堂だとか言っていた気がする。

 教室に帰ると、佐藤が一人で座っていた。やはりこいつはカーストが元々低かったんだ。その証拠に誰も話しかけない。とするなら学級委員長はハメられてなったのだろう。いや、立候補だったか?全く関心がなかったので覚えてないが。
 まあ、今はそんな事はどっちでもいい。あたしは佐藤の席の前に立って、パンの袋を差し出した。購買で余っていたメロンパンだった。
 佐藤は、化け物でも見るかのように目を見開いてあたしの顔を見上げた。相変わらず失礼なヤツだ。
「食べよ、昼ごはんまだでしょ?」
 あたしは左手に持った自分用のカレーパンの袋をちらちら振って見せた。精一杯あたしが出来る「普通の明るいヤツ」の演技だった。
「……うん!」
 佐藤は少し悲しげな顔で笑った。声は少し上ずっていて、何だか泣いた後のようだった。実際、さっき体育館裏で座り込んで泣いていたのだが。
 あたしは自分の席からイスを引き摺ってきて彼女の机の横に座った。
――やっちまったぜあたし、まだまだ甘いね
 何て思いながら袋を開けて脂っこいカレーパンを食む。中のカレーは少し辛かった。



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