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act.09 ダンス・ダンス・ホリデイ


 とりあえず、混沌が足りないのが今一番の懸案事項だった。そろそろ文房具屋にアレをしに行く頃かもしれない。
 そろそろバレ始めているかもしれないし危ないかも、という懸念はあるが、差し当たってアレ以外に混沌を補給する方法がないのだから仕方がない。多少のリスクを負うからこそ、スッとする部分が大きくなるのだから。
 なあ、そうだろう鈴木茜――と心の中であの万引き優等生に話しかけた。
 今のあたしは彼女に同意して欲しいのだ。これは今までなら非常に珍しい種類の感情だったが、最近はすぐ隣にあるように感じる。それだけ彼女の存在が、あたしの中で大きくなっているんだろう。
 今やこの地は彼女の聖地で、あたしは信徒の一人に過ぎなかった。彼女が女神ならそれでいい気もしてくるから不思議だ。
 まあ、規定が欲しくて万引きした彼女と、刺激が欲しいだけのあたしじゃ行動の原理や深刻さが大違いなのだが。
 と言うわけで、『ハンネ』に久方ぶりにやってきた。
 中年女は知らない間に出かけていたが、留守番はニート――じゃないか今は、フリーターに栄光のクラスチェンジを果たした兄がいるので大丈夫だろう。まだ寝てたけど。
 鈴木茜がここの女神になっても、聖地がまるであたしの光臨を待っていたように思えたが、それは何にせよ肥大化した自意識がもたらした妄想の産物なので、思考の隅に追いやった。
 そんな事より重要なのは、今日の生贄をどれにするかということだ。この間で中年は懲りた。やはり贄は肉の柔らかい若いのに限る。
 しかしこのクソ暑い夏、昼の一時に好き好んでやってこようなんてヤツはいない。あたしぐらいだ。
 小学生の女の子が何人か、並べられたアイドルタレントの下敷きを指して騒いでいた。生意気でピーチクやかましいガキどもめ、そんな時分から盛りやがって。将来はヤリマン目指しますかぁ?
 でもダメだ、今のこいつらでは小さすぎる。ガラガラドンは満腹にはならない。まあ、将来を楽しみにって事で。キツネのお客様だ。狼からは守ってやんないが。
 諦めて本のコーナーに行く事にする。そこは文房具のコーナーよりもレジから見えやすい所にあるので、ポイントとしては今一である。
 しかしながら、そこに生贄として的確な女が一人いた。後ろ姿だが、引き締まった足のラインから判断するに、あたしと同じくらいだろう。こいつが文具コーナーに移動するのを待つか……。
 だが、よく見るとその女の鞄は小さめのリュックだった。黒い柔らかめの素材で出来た、ちょっと高そうな品だ。
 これじゃできないじゃないか。
 あたしは手提げ限定の唯一神だし。あ、今は信徒か。まあ、どっちでもいい。
 今日はもう諦めるか。参考書でもちらっと見て帰ろうか。
 いや何で参考書だ?
 鈴木茜に会ったせいで、回転木馬の上の競争意識が芽生えたか?
 そうでもないか、いやどうだ、などと思いながら、その女の後ろを通って移動しようとした。
「あれ、咲ちゃん?」
 すると、突然そいつに呼び止められた。中年女以外でその呼び方をするヤツは一人しかいない。
 あいつだあいつ、えーと、隣の家のヨークシャー……じゃなくて、佐藤葵だ。気付かなかった。制服じゃなかったし、髪型も微妙に変わっているせいか。
「まだ田舎帰ってなかったんだ。じゃあ、今日とでも言ってくれればよかったのに」
 あうー、完全なミスだ。しばらくは家に引きこもっておくべきだった。
「う、うん明後日からなんだ。言ってなかったっけ?」
 精一杯媚びた笑顔を作った。内面では話しかけるな死ね帰れ、と秒間百回のハイペースで繰り返していた。
「聞いてないよー」
 あたしに報告義務があるのか?と言うか頬を膨らますのはやめろ、可愛くないから。
「あ!じゃあさ、今から遊ばない?」
 まずいな、左と右の退路が塞がれた。うまくかわさないと、甚大な損害だ。
「いや、今日はちょっと……これから塾が……」
「ウソだー、手ぶらじゃない」
 後ろに回り込まれた。何で今日に限ってあたしは鞄を持ってないんだ!?
 レジ袋を使う気か、地球に優しくない!!
 地球があたしに優しかった事なんてないからいいや、って出掛けに思っちゃったんだ。
 ……バカだ。混沌を求めすぎるにも程がある。
「ゆ、夕方からで……」
「じゃあ、それまではいいじゃない」
 ヤバい、もう正面突破しか道は残されていない。
 しかしそれは、人間関係においては避けるべき選択肢だ。
 あー、でもいいかな?実際こいつとは終わっても。特に影響なさそうだ。いじめられてるし、寧ろ一緒にいる方がマイナスか。
「それとも、そんなに一緒に遊ぶのが迷惑?」
 脅迫がかってきた。口調は平静だが背後に「不機嫌です」と全力で主張している紫のオーラが立ち上がっている。
 こういう感情をすぐに表に出す部分が、煙たがられ、ひいてはいじめられる原因なのだろう。一般的によく言われている「いじめられる方には原因はない」なんて大嘘なのだから。
 そして、この問いかけに対する答えは決まっている。
 YESだ。迷惑です、だ。
 理由は「お前がいじめられてるから、もし仲がいいなんて周りに勘違いされたらあたしにまで被害が及ぶかもしれないから」
 おお、何て完璧で筋が通っているんだ!
 けれど、それは決して言っていいものではない。
 いくら筋が通っていても、この正面突破はしてはいけないのだ。
 何故ならあたしは装甲車じゃないし、向うもバリケードではないから。
 お互いに脆い部分を抱えた人間だから。互いに傷ついて終わりである。本音をさらして喜び合うのは陳腐なテレビドラマの世界での話だ。互いに傷つかず傷つけないようにして生きるのが、現実の上では至高の喜びである。
 あたしだって「植物のように平穏に生きたい」なんて言うつもりはないし、刺激が欲しくて今日ここに来たわけだが、その刺激は決して自分自身は傷つかない物でなくてはならないのだ。
 大事件の傍観者。
 当事者でなく第三者。
 それこそがテレビ世代のあたし達が一番欲しい、お茶の間の刺激なのだった。もっと言えば微炭酸ぐらいの刺激。
 いや、そんな事は今はどうでもいい。
 今考えなければならないのは、正面を派手でなく地味に、尚且つ穏便に突破する方策である。
「迷惑なんて、そんな……」
「じゃあ、いいじゃない」
「でも、宿題とか今から帰ってしないといけないし……」
 そう言いながら横をすり抜けようとすると、サッと腕をつかまれる。振り向くと、佐藤が真顔であたしを見つめていた。
「塾って、ウソでしょ?」
 無駄に鋭い女だ。
 ならば、何故ウソついたかを考えて欲しい。だが、ここで動揺してはいけない。カマをかけられている可能性もあるし。
「ウソって、そんな事……」
「田舎に帰るのも、ウソ。あたしと会いたくないんでしょ?」
 分かってるんなら、何で話しかけるんだ。知らないフリをすればいいのに。そんなに寂しいのか?
「この間パン奢ってくれた時、あたしが財布とられたとこ見てたでしょ?」  ……バレてたか。
 いやそんな事よりも、カツアゲをしている方にバレてないだろうか。そっちの方が心配だ。こいつに知られようがどうしようが、知ったことではない。
「あの連中は、あんたが見てた事知らないと思う。あたしも気付いたの、あいつらがいなくなってからだし。大体あいつらは人がいたら、口封じするよりも誤魔化す方を選ぶし」
 と言われても安心は出来ない。次の標的にあたしが加わる可能性もある。チクッたとかそういう因縁をつけられて。
 あたしの不安をよそに、なおも佐藤は話を続ける。
 何となく得意そうなのは気のせいではないだろう。その口調は、お前の考えは全て知ってるんだぞ、というある種の全能感に支配されているかのようだった。背中のオーラもそんな感じの黄金色に変わっている。
「分かってるのよ」
 見下ろすような視線で佐藤は言う。あたしと大して背は変わらないが、今日はヒールの高い靴を向うが履いてるせいで、どうしてもこういう構図になる。
「助けられなくて悪かった、って思ってるんでしょ?だからあたしに会いにくいんじゃないの?」
「は?」
 予期せぬ言葉に一瞬、思考が停止する。そして思わず口に出してしまった。
 バカげた話だ。あたしは心の底から脱力した。結局は自分かこいつ。
 自分大好き葵ちゃんです!
 保育園に帰れ。
「あたしがさ、いじめられてるーとか思ったんでしょ?」
 思ったも何も、実際いじめられてるじゃないか。カツアゲされて、割とクラスでハミり気味。だから、泣いててもみんな無視。これを見て、誰がお前をいじめの被害者じゃないって言う?隠ぺい体質のお役所ぐらいのもんじゃね?
 そんなあたしの思いもよそに、佐藤葵は更に言葉を続ける。
「そんなワケないじゃなーい!あの三人とは、トモダチよ!ちょっとお金貸してって言われただけ」
 どこのトモダチが財布を盗っていくというのか。それはトモダチって言わないだろ。ただの嫌なやつだ。
「でも、心配してくれてたのよね、ありがとう。だけど大丈夫!ほら、全然平気だから」
 ね、ね、ね、とやたらと同意を求めてくるので曖昧にうなずいておいた。何となくだが、あたしに言っているというよりも、自分に言い聞かせているように思えた。
「まあ、もし万が一そんな事になっても、あたし自分で解決するから!そういう試練?みたいなのって、自分で乗り越えたいのよ」
 俯く彼女の目に一抹のナルシシズムの光があったのは言うまでもない。
 なんて不幸なあたし!でも、友達を許して前向きなあたし!きらきらきらりーん。
 そんな感じか。
 まあ、勘違いをしてるならばそういう事にしておこう。
「ごめんなさい……」
 俯くあたしの目が欺瞞で淀んでいたのは言うまでもない。
 なんて酷いヒロイン気取り!そんな陶酔ホントは許容したくない!でろでろでろりーん。
 こんな感じだ。
 それでも、佐藤は納得したようだった。やたらとお姉さんぶった口調になり、見下ろしがますます高いところからになったように感じた。
「だからさ、今日はそういうのを忘れて遊ぼ!ね?」
 そう来たか。やっちまったぜ、あたし。場に流されるんじゃなかった。更に断りづらくなったじゃないか。
 まあ、仕方ないか。適当に合わせて適当な所で帰ろう。いつもの事だ、学校となんら変わりはない。


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