act.10 鐘は鳴らない そうだ、学校となんら変わりはない。大きな違いはチャイムが鳴らないことか。 って、それ大きすぎるわやっぱ。 なんちゃら賞をとった作家は、休み時間が地獄だワン、と書いていた。 あたしの場合は、それ以外もやっぱり地獄だニャー、なのだが、まあ的を射ていなくはないと思う。 確かに他人に煩わされることが少ない授業の方がマシではある。まあ、焦熱地獄と炎熱地獄ぐらいの差しかないが。 チャイムは素晴らしい救いの音だ。話しかけてくるクソどもを、やかましく騒ぐゴミどもを、無条件で夢の島に埋め立てる。チェリーチェリー。 ああ、チャイムの音が欲しい。 こうして今、ドーナツ屋で向かいに座っている学級委員長女こと佐藤葵を埋め立てる音が欲しい。 こいつが鈴木茜なら、どんなによかっただろうか。 いや、どちらにしても大して話すことがない。でも、気まずさが少なくて済む。 昔、キルケゴールとかいう外人は「黙ってて気まずくなかったらホントの友達だべさー」とか言ったらしい。 うぉーすげぇぞ外人、言いえて妙じゃねえか。さては、お前も誰かと気まずかったな?会話、流してたな? 「えー、じゃあ将来は女医さん?」 「いいなあ、あたしもそういう格好いい仕事したいな」 「OLなってお茶汲みとかコピーとか嫌じゃない?」 「もっと勉強しとけばよかったなー。でもあたし、机に向かったら眠くなる人じゃん?」 「運動部って全然、勉強する間ないのよー。やめたけど」 「今はさ、あいつら見返してやろうってのがあるから、結構してるよ」 「あー、でも自分一人じゃ限界あるよね。あたしも予備校通うべき?」 「うーん、そこ行こうかな?でも難しそう!」 「結局受験はしないで就職、だろうなー。早く自立したいっていうの、あるし」 「バイト先に就職して、社員になろうかな……。あ、でもバイトの子に陰口言われそう」 「嫌よねー陰口。中学の時、それで酷い目あったのよ……」 「何かね、やっぱりあたし目立っちゃう方じゃない?目立ちに行きたいって言うか」 「だから、そのさ、出る杭は打たれるって言うか、そういうの」 「学園祭の時がサイアクだった。だーれも残らなくて、学級会とか開いて」 「そしたらいつの間にかあたしに内緒で別の計画が進んでて、さ」 「もう学校いたくなかった。死にたくなったわ、人生で初めて」 「無駄にカッターの刃を出したり戻したりして、悲劇のヒロインぶってた」 「何が辛いかってさー、内緒の計画を先生が容認してた事よ。あいつ超サイアク」 「やっぱり日本ってそう言うトコがダメな国よねー。目立って何が悪い!って言いたい」 「帰国子女の気持ちってこんなのかしら……なーんてね、ハハハハハ」 「あ、ごめんなんか暗くなっちゃって。……そろそろ行こっか?」 I'll be FUCK YOU!! 鬱陶しいにも程がある。なんだそのひがみ根性? サイアクしか言えねえのか低脳売女。 悲劇のヒロインぶってたのはさっきもだろ。 と言うかその時に死んどけよ。 お前はあたしの一日を幸せにする権利を、生きていることで棒に振ってるって気付け。 と言うかそのサイアク先公殺して来いよ。 お前は自分自身の幸福を、娑婆に存在する事でドブに捨てている事に気付け。 少年院やあの世の方が、お前にはこの地獄よりよっぽどお似合いだ。 お前など要らない。あたしの人生に入り込んでくるな! こういう陰湿でドロドロした人格否定を薄皮一枚下で押し殺しながら、その皮の上には爽やかな笑顔で浮かべられるあたしって凄い。 でも、あたしはわたしのそういう所が嫌いなのだ。やっぱり混沌が足りないわー、現実で掴めるブニブニ感が。 ドーナツ屋を出てあたしは歩く。 隣には佐藤がいて、あたしと同じペースで歩く。そうなると、あたし達になるのか。嫌だな、こいつとも誰ともまとめられたくない。 隣から体温が伝わってきて鬱陶しい程現実感が溢れてる……はずなのに、何だか雲の上を歩いているような感覚だった。自分一人なら、そんな感覚はしないのに。大地を足元に感じられるのに。 今のあたし達を見て、「隣に友達がいていいねー」みたいに思う奴は生まれながらのヒッキーだ。人間関係のドス黒さ、残酷さ、虚無を知らないのである。 けれど、「隣に友達とは決して言えない赤の他人がいて気まずそー」と思う奴は友達にズタズタにされたヒッキーだ。他人の恐ろしさを熟知しているのである。全く、世の中は地獄だぜウァハハハハハハ。 まあヒッキーはこの場に出て来られないからヒッキーなんであって、あたしがこういう見分け方を考えるのは無意味なのであるが、そういう楽しい行事を頭の中で引き起こさないと、今の苦役に耐えられないのである。 ちょうどガキ共が、愚にもつかない遠足を楽しみにし、気もそぞろに授業を受けているのと同じ様に。いや、むしろ台風が来た時の暴風警報への期待、と言った方が近いのかもしれない。がんばれ前線!八時まで粘れ!!みたいなん。楽しさをエサに、辛さに耐えるというか。 それにしても、他人が隣にいてそれで幸せを感じることがこれから先のあたしの人生にあるんだろうか。 梵我一如の赤ちゃん時代ならともかく、自分と他人を明らかに分けて世界との一体を捨てた物心ついた後の人間様には、幸せなんてものは一切訪れない気がする。 あー、不安になってきた。 ならばあたしが一人でいる事で規定できる幸せを探せばいいのだが、それも面倒くさいしな。コンビニ、いや自動販売機かamazon.comあたりで売ってないだろうか。適度の混沌に飲み込まれつつも翻弄されず、自分の思い通りにそれを操り生きていける幸せは。 要するに今は維持が強い時代なのだ。鈴木茜との再会がその方向を決定付けた。 横からペチャクチャベチャクチャ喋りかけてくる学級委員長女にしてカツアゲのカモの佐藤葵をオートであしらいながら、ともかく今をこのまま乗り切る、それが最良の策なのだから。 無差別破壊を行いたい、そして混沌を蔓延させてひとりだけの世界を創りたい。そう思い描いていても、結局あたしの精神は維持を求めているのか。 だとしたら、あたしはやっぱり大して足掻けないままに、一つずつ大人に近付いているんだろう。胸糞悪い秩序を持ったあの連中に。 例えば、隣を歩くこの女の、 鼻を削ぎたい。 耳を焼きたい。 目をくり貫きたい。 唇を引き裂きたい。 歯を抜きたい。 四肢を切り落としたい。 股を裂きたい。 陰核を嬲りたい。 膣を捲りたい。 骨を折りたい。 肉を断ちたい。 臓物をぶち撒きたい。 頭をかち割りたい。 脳漿を啜りたい…… そういくら強く思っても、もうダメなヤツになってしまうのだ。もう取り返しがつかないくらいに。 そして、 このまま世帯主の言いつけ通りに医大に進み、 あたしはいつしか心から自分をわたしと呼ぶようになり、 見たくもない他人の血や臓物を見ながら何年か過ごして、 どこぞのボンボンに視姦され、 マモンの輝きを放つ石を付けさせられて、 無駄に豪奢な儀式につき合わされ、 名も知らぬ国やら田舎やらを連れまわされ、 産みたくもない子を孕まされ、 産んで育てさせられ、 結局あたしが気に入らずに揉め、 金だけ払ってトンズラされ、 そのまま現場に戻る気も出ずに路頭に迷い、 世帯主や中年女の脛を齧るのも癪だから自殺。という華やかな未来を過ごすしかなくなる。 そうなるならば今ここでおっチンじまう方がマシだでや。 そうだ、今死ぬのと未来死ぬのに何の違いがある?あたしが何か為すのか?無駄飯食いになるだけだ。 今も昔も学校の中でのみ通じる数字しか持っておらず、運動なんて欠片も出来ない、男の寄り付かない暗い顔をした、協調性のきの字も知らない、他人を陵辱し虐殺することを常に混沌とした思考の奥に隠し持っている小娘だ。 ならば何故あたしの母親はあたしを産んだのか。やっぱり何かを期待していたのか。それを教えてくれる前に、彼女は灰になった。 周りは、こんなにくだらない世界なのに結構平気そうに見える。と言う事は、みんなあたしが知りえなかったそれぞれの生きる意味を、母親から聞かされているのだろうか。 ……なーんて、そんな風に考えていた時期もありました。けれど、やっぱり結局は自分考える問題なのだった。そして結論はいつも同じ。曰く、「生きる意味などない」 これもまたあたしが欲しい新世界と同じ、本当に何もない領域の事柄なのかもしれない。 |