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act.12 fate knock the door


 暫く歩くと暗い住宅街に出た。バイキンマンみたいな絵の描かれた「チカンに注意」の看板が、街灯に照らされていた。こういう看板のせいで、あたしは小学校に上がるまで「チカン」というのは人間じゃないと思っていた。まったく、このテのヤツはどんな場所でも等しく趣味が悪い。
 半歩前を行く佐藤はやたらと早足だった。「チカンに注意」にビビったワケではあるまいが、怖いのを押し殺しているようなそんな足取りに思えた。
「ねえ咲ちゃん、怖い?」
 不意に佐藤は、上ずった大きな声でわたしに尋ねた。うるさい。近所迷惑。そんなデカイ声出さなくても聞こえる。大体、お前の声のほうが怖がってるみたいじゃないか。
「あんまり夜の道って歩かないでしょ?」
 今度はいつもぐらいの声で失礼な決め付けをしてくる。虚勢の次は決め付けで優位に立とうとしているのが見て取れた。
「ううん、講習会とかで遅くなった時通るよ」
 そういえばいつだったかの月のきれいな晩に、ふらふらと歩くこいつを見かけた。あれは一体何をしていたんだろう。今日行こうとしている場所と関係あるんだろうか。
 そういや、まだ目的地を聞いてなかったな……。
「で、結局どこに行くの?」
 さあね着いてのお楽しみよ、って言ったらぶっ殺す。そういうの嫌いですよあたくし。
「学校」
 佐藤は何故か怒ったような口調で答えた。あー、もしかして「で、」という繋ぎ方がカンに障ったんだろうか?だとしたら意味が分からないが、佐藤ならありえて怖い。
「高校に行くの?方向正反対じゃない?」
 あたしと佐藤が今歩いているのは駅、つまりハンネの西側。高校は東側である。駅に近くて立地条件のいい進学校があそこのウリらしい。スーパーじゃないんだから。
「違う違う、あたしの行ってた小学校よ」
 マジですか?なんと無謀な。今、小学校はセキュリティ厳しいんだぞ。セコムが来る。下手すりゃ逮捕よお姉さん。
「夜の学校よ、夜の!!テンション上がるでしょ!?」
 まーたデカい声で。あがんねーよバーカ。いたってあたしは平静です。でもまあ、仕方ない。ノッてやるか。こいつの期待するお嬢様ベクトルで。
「どこから入るの?」
 ちょっと怖がっている風に見せながらあたしは聞いた。正門やらなにやらは戸締りがしてあるだろう。
「フェンスの破れ目!」
 昼間でも顔をしかめたくなるくらいの声で佐藤は言った。テンションの上がりようが半端ない。なんてダメな子だ。絶対近所迷惑だ。
 あそこの家から怒鳴られたらどうすんだよ。警察を呼ばれたらどうすんだよ。酔っ払いが暴れてます、とか言われたらどうすんだよ。あたしはダッシュで逃げるけどな!
「秘密の破れ目があるの!花壇の裏で人目にはつきにくくて、そこはあたしぐらいしか知らないの!」
 その秘密を何故こんなに大きな声で言ってるんだ?こいつはやっぱりどこかおかしい。いじめられるヤツというのは、総じてそんなもんだが。
「さあ、急ぐわよ!ほら、走れ高村!!」
 そう宣言すると、佐藤はアスファルトを蹴って駆け出した。流石元運動部員。無駄に体力がありやがる。あっと言う間に後ろ姿がどんどん小さくなっていく。
 もしかして、逃げた?さっきの大声、通報されるかもしれんからねぇ。最低でも誰か怒鳴りに出てくるだろう。じゃあ、あたしも逃げるか。スケープゴートは真っ平だ。
 とは言ったものの、こっちは中年女の買ってきた「清楚な」ワンピース。向うは破いたみたいなジーンズ。こっちは万年体育2で向うは元バレー部部員。
 どこまで走っても追いつかない。まあ、当たり前か。亀が休まないうさぎを追いかけても一生追いつけない。
 何とあたしはグズなのか。こういう時に思い知らされる厳然たる事実。ムカつく。前を走るのが佐藤なのが、その怒りを助長させる。
 大体こっちは道を知らない。とっととペース落とせ、見失うだろ。あ、曲がりやがった。あの後すぐまた曲がってたら、もう分からなくなる。本気でこいつは空気読めてない。
 五分程走って、やっと小学校の裏についた時には、あたしはフラフラだった。水飲みたい。何この暑さ、まだ30℃ぐらいあるんじゃね?
 そして待てないうさぎはフェンスにもたれていた。その隣には大きな破れ目。こっから入る気だろう、多分。
「さ、佐藤さん……は、は……やいよ……」
「遅いよ」
 そう言うと佐藤は、あたしに背を向けて破れ目にまず鞄を放り投げ、上体をするりと入れる。そして、這うようにして全身を滑り込ませた。慣れたものである。
 その時ふと思った。こいつごく最近、ここに忍び込んだ事があるんじゃないか。あれほど手馴れた所作が、昔取った杵柄だけとは思えない。
「ほらほら、入って」
 フェンスの向うから佐藤が急かす。あたしも同じ様にして入ろうとするが、中々下半身を上に持ち上げることが出来ない。畜生、体重は軽いんだけどなあたし。
「お尻が重いのよ。逆上がり、出来ないでしょ?」
 鞄を拾い、ほこりを払いながら佐藤は言いやがった。痛いところをつく。確かに出来ない。でも、それがなんの役に立つんじゃー!!……ああ、今か。
「もうちょっと手前に手を突いたら?」
 言われて手を伸ばし、草の中に手をつく。何か動く物に手が触れた気がした。虫か?いや、気にしないことにしよう。
 それでも何とか、不細工な形だけれども中に入る事が出来た。ワンピースからぷうんと草のにおいがする。臭い。あーあ、草の汁がシミになってたら中年女が泣きやがる。
「上出来。さ、行くよ」
 そう言って佐藤は再び走り出す。ちょっと休みたいんだけど。このクソ体力バカ。内心で舌打ちして追いかける。
 この小学校の校舎は二つあった。運動場に面した古めの校舎と、その後にある新しい校舎。古めの方は「管理棟」と呼ばれていて、理科室や音楽室などの特別教室や職員室があるらしい。後の校舎は「教室棟」と呼ばれていて、一年生から六年生までのホームルームと、養護学級の教室が入っているそうだ。
 佐藤は管理棟をしばらくの間見上げて、遅れたあたしを待っていた。
「ここに入る?」
 あたしが聞くと、彼女は首を振った。
「用があるのはこっちだけどね。でも、多分鍵が開いてないから」
 鍵。そりゃそうだ。体よく敷地に入れても、校舎自体に入れるわけじゃあない。夜の校舎には普通、鍵がかかっているじゃないか。じゃあどうやって入るつもりなんだったんだ?行き当たりばったりだった、って言ったら殺す。
 あたしが尋ねようとした時、彼女は教室棟のほうに歩き出した。向うに開いている所があるのだろうか?分からない。分からないが、今のあたしはこいつについて行くしかないのだった。まったく、カンに障る。
 教室棟と管理棟の間には、渡り廊下があった。その渡り廊下の下をくぐると左手に池、右手に駐車場が見える。その向うが正門だった。佐藤さんはその渡り廊下とは逆の方に曲がった。そっちには、平屋の建物がある。
「あれは?」
「給食室」
 佐藤は淡白に答えて、更に歩みを速める。あたしも小走りになって、半歩後ろをキープ。
「給食室に、行くの?」
 佐藤は首をふる。よかった、盗み食いとか言い出すんじゃないかと思った。
 にしても、いつも以上に考えていることが分かんねえぜ。
「非常階段に行くのよ。非常口が開いてるかもしれないし」
 そう言われて校舎の方を見ると、確かに建物の給食室側に、コンクリートの階段が付いていた。

 階段の辺りは真っ暗だった。灯が消されているんだから当たり前だ。今何時くらいだ?時計を見ても文字盤が見えない。佐藤はどっから出したのか懐中電灯をつけ、黙々と上り始めた。
「ま、待ってよ!!」
 何を焦ってるのかは知らないが、佐藤はぐんぐん上る。あたしはそれを追いかける。
 二階の非常口に着くが、佐藤は開いているか確かめようともせずに三階に行く。
 確か渡り廊下は二階にかかっていたから、ここから入れば楽なのに。頭の悪いやつだ。けれどあたしにそう言う暇も与えずに、佐藤は上る、上る、上る。
 そして、やっと三階の非常口の前で止まる。ここより上は屋上しかない。そこに行く階段の三段目に鉄扉があって、行き止まりになっている。この三階から侵入する気のようだ。
「中学校の時のことなんだけどさ」
 佐藤は非常口の扉にもたれて話し始める。中学?ここ小学校だろ。一体何の話だ?住宅街でのハイテンションとも、学校に入ってからのやけに淡白な感じとも、そして普段とも違う落ち着いた声だった。
「あたしの行ってた中学ってここみたいな造りでね、非常階段のすぐ横に教室があったのよ」
 ここの造りは知らないけれど、外から見れば確かにそのようだった。
「あたしの教室は二階の一番端で非常口の横だったの。でね、そこの扉は非常時に使うって事で、ずっと鍵が開いてたのよ。まあ、確かに夜は閉まってるんだけどね。無人になるからさ」
 薄く笑って佐藤は言葉を続ける。
「でもさ、一回だけ開いてて変質者が入って来たことがあったのよ。二学期の半ばぐらいかな?」
 それと今とが何の関わりがあるんだ?いや、話し出したんだから普通、関係ある筈だ。
 だが、今夜の佐藤の場合、話し終えて「いや全然関係ないんだけどねー」とか言っても全く違和感がない。何故なら混沌とした言動をしているから。まるで頭の中のあたしのように。
「朝教室に行ったら、自分の教室の周りに人がいっぱいいてね、大体がクラスメイトの子なのよ。何で教室入らないのって聞いたら『臭いから』って言う」
 佐藤は、上唇を舐めた。あたりは相当蒸している。じんわりとワンピースが湿っていた。草の臭いもする。あーあ、これシミになったな完全に。まあいいか。
「で、あたしも教室入ってみたのよ。そしたらやっぱり臭い。何ていうかアンモニアの刺激臭?理科でやったじゃない、ああいう臭いが教室全体に広がってる。古いトイレの臭いって言った方がいい?まあ、そんなすごい臭いがしたのよ」
 じー、とどこかで虫が鳴き出した。アンモニア、か。そう言われても臭いよりも原子式が思い浮かぶあたしは、どこか間違っているんだろう。
「で、何が原因って言ったらさ、女の子の机の一つにおしっこがかけられてたのよ。誰のかは知らないけど、おしっこ。で、変質者が入ってしたんじゃないかって騒ぎになったのよ。実際、非常口開いてたらしいし。教室の鍵もかけ忘れてたみたいで」
 おしっこ、という言葉がこいつの口から出るたびに、何となく佐藤葵という女のイメージがそういう臭いに染まっていくように感じられた。何となく下卑た、それでいて肉惑的な。
「で、その日は教室使えないから空き教室で授業って事になって。その日の内におしっこかけられた机は撤去されたけど、その持ち主2、3日学校来なかったのよね」
 ここで佐藤は言葉を切る。長い思い出話が終わった。さて、それが今の状況とどう関係するんだろう?まさか、そこの教室の机で用を足す、と言うんじゃないだろうな。もしそうするなら、口開けな。あたしはお前の顔にかけるから。
「で、あたしが言いたいのはね、その日に限ってどうして非常口の鍵をかけ忘れて、しかも教室の鍵まで開いてて、更にその日に限ってどうして変質者が入ろうとしたのか、って事よ。すごい確率じゃない?それが重なるなんて!」
 相変わらず話が見えない。今の状況との類似点は、侵入しようとしている所だけだ。
「えーと、つまりさ、運命って言うかそういう力が働いたんじゃないかって事。偶然も重なれば必然よ」
 運命か。嫌な言葉だ。初めから決まって秩序だっているなんて耐えられない。もっと混沌として、選択肢がその都度百個ぐらいある、疲れるけど選び甲斐がある世界がいい。
「その変質者、何者かは勿論知らないけど、たまたま夜に出歩いて、たまたま学校に侵入して、たまたま非常口が開いてて、たまたまその近くの教室の鍵も開いてた、なんて偶然に出くわして、『ああカミサマは今、俺にここでおしっこしろって命令してるんだ』って思ったんじゃない?」
 そんな命令をするカミサマは嫌だ。けれど、まあ話が分からないわけではない。そういう風に偶然が重なって、火事に遭わなかった合唱団の話を何かの本で読んだことがある。
「あたしはカミサマなんて信じちゃいないけど、運命は信じる。今ここで――」
 佐藤さんは金属製の扉のドアノブに手をかける。
「この扉が開いていたら、あたし達は運命に呼ばれてるって事。ううん、それよりももっと前、あたしが咲ちゃんを誘う為に電話した時、あたしがあの朝に咲ちゃんに話しかけた時、あたしと咲ちゃんが同じ学校に入った時から――」
 佐藤がドアノブをひねり、引いた。扉は、当たり前のように開いた。
「今日ここでこの小学校に一緒に忍び込む事は決まってたんだ」
 扉の向うには、蒼い闇がぽっかり口をあけていた。
「さあ、行こう」


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