第十四話 僕らとツインタワーの秋A



ツインタワーは50階建ての高層ショッピングセンターだ。
 尤も、五十階全てが店舗ではない。実は、一般の客が入れるのは十二階までで、それより上は
ここで働く職員も一部の者しか知らない、謎の区画になっているようだ。
『連中がここを指定したと言う事は、何かがあると言う事だろう。』
 鏑木はそう言っていたけれど、どうみても只の店だ。人も多い。
「本当に何かあるのかよ?」
 林も僕と同じ事を思ったのか、そう口にした。
「まだ六階だからな。でも油断は禁物だ。」
 そう言う鹿島はまだ六階だというのにやけに辺りを警戒している。
「エレベーターで一気に十二階まで行っちゃダメなのか?」
 さっきから僕たちはエスカレーターで移動している。
上った所にすぐエスカレーターがないので面倒臭い。
どうしてこんな形の建物にしたんだろう?
「十二階までに井城を見つけたら、戦わなくていいだろ。」
 確かにそうだ。井城の身柄を確保すればいいのだから、それが一番確実且つ安全な方法だ。
 でも僕は、もう井城の身柄は相手の手にあるような気がしていた。
僕がそう言うと鹿島は
「万が一がある。それにお前の言っている事には確固たる証拠がない。」
 いつもそうだ、と少し憮然として言った。
「いつもって、何時そうだったんだよ?」
 そんな覚えはない。
「何時だったかのテストの時、思い込みだけで今回は出来た、なんて言ってたじゃないか。」
 それはそれ、これはこれだろ、と思う。
「そして7点。」
「それは別の時だ!」
 過去の傷をえぐりやがって。

 こんな事を石野達がやっている間に、セフィロトは既に別のルートから十二階に辿り着いていた。
流石にプロである。
 パイプ剥き出しの通路を二人の男が歩いていく。通路に足音が反響し、その音源を頼りない
蛍光灯の灯が照らしていた。
「鏑木?」
 前を歩く鏑木に九渡が話しかける。
「なんだ?」
 鏑木は振り返らずに答える。セフィロトの潜入チームはこの二人で、シュナウザーは外にいた。
「今日はやけに冷静さを欠いていないか?」
「そんな事はない!」
 九渡の問いに鏑木は声を荒げた。流石に小声だったが。
「そうやって言うのは、気が立っている証拠だ。」
「………。」
「一瞬の判断が命を分ける、そういつも言っていたのはあんただろ?」
 五月蝿い、貴様のようなガキに何が分かる?
そう言いそうになったが、彼は鉄の自己抑制力で無理矢理それを押さえ込んだ。
 そんな葛藤を知ってか知らずか、九渡は言葉を続ける。
「あの事なのか?」
「………。」
 鏑木は何の事か分からずに黙り込んだのではない。何の事かは分かっている。
そして九渡の言う通り、彼の苛立ちの原因は正にそれだった。
 暫くの沈黙の後、
「………あいつがいる。俺には分かる。」と鏑木は言った。
「隈元、だったか?」
「そうだ。」
 隈元、それは鏑木にとって思い出したくもない名だった。
 嘗て鏑木がまだ少年兵といわれる年齢だった頃、その名を持つ人間が彼の近くにいた。
 その男は戦いの最中一種の媚薬とも言うべき薬にあてられ、セフィロトを裏切り、
メニアニマに入った。
 そしてそこで生体兵器に改造され、あろう事かセフィロトの本部を、
嘗て自分が忠誠を誓った指導者を、友情を誓った仲間を殺し回った。
 その頃は銀の有効性が確認されていなかった頃で、撃退にはかなりの数の弾薬と時間、
そして人命を要した。
 その時、隈元に撤退を余儀なくさせる決定的な一撃を放ったのが、鏑木だった。
 彼は逃げ行く前の隈元の言葉が忘れられないのだ。
(――お前は必ず、俺があの世に行かせてやる……。)
 それから数年で『タッキーオ』は壊滅した。だが、それまでの戦いで誰も隈元と遭遇していない。
死亡説や処刑されたのだと言う噂が流れたが、鏑木には信じられなかった。
(あの男は生きている。そして、必ず俺の命を狙ってくる……。)
 ある種の確信にも似たこの感覚が、彼の心をここ数年支配していた。
 そして、ある噂が彼のこの感覚をより確かな物にした。
(隈元は実は生きていて、今は『タッキーオ』最後の枝組織があり、
 また彼の祖国である日本にいる――。)
 この話を耳にした頃、ちょうど本部では『メニアニマ』を倒す長期作戦が出されていた。
(これは、巡り合わせだ――。)鏑木は思う。
(神は、いや運命はどうしても俺と隈元を戦わせたいらしい――。)
 ならば、である。
(それが運命ならば、俺はこれに立ち向かう。何故なら俺は、セフィロトの戦士だから――。)
 そう決心し、彼はまだ当時十二歳の九渡を連れて、遥々海を越え、自分の祖国でもある
小さな島国に降り立ったのだった。

「扉だ。」
 二人は立ち止まって丹念に目の前のそれを調べる。電子ロック式ではないようで、
ポコリと出っ張った鍵穴がある。
 鏑木は皮の手袋をはめると、ドアノブに手を触れ回して見た。
 ガチャリ。回る。開いた。
 扉を引くと中はちょうど学校の教室くらいの大きさの何もない部屋が広がっていた。
 床はタイル張りで、蛍光灯の光は廊下よりもかなり明るく、向こうの壁には入ってきた物と同じ型の
扉があった。
 二人が中に足を踏み入れてみると、突然
『ようこそ。』と声がした。
「誰だ!?」
 九渡が叫ぶ横で、鏑木は額にじんわりと滲む汗を拭った。
 この声は――聞いた事が、ある。忘れもしない、悪夢の声。
「――隈元。」
『ご明察。会いたかったぜー、鏑木クン?』
 搾り出すような小さな声だったが、何故か相手には聞こえていた。
 向こうの扉が開いて姿を見せた男は、やはり悪夢の相手だった。
『よう、十年振りだ。大きくなったねえ?あの時の忌々しいガキが!』
 言いながら現れた隈元に、九渡は指弾の指を向ける。それを鏑木は手で制した。
「向こうは俺をご指名だ。お前は下がっていろ。」
「でも……。」
「いいから、下がっていろ!」
 その言葉で九渡は無言で一歩後ろに下がった。それを見て隈元が言う。
『分かってんじゃねえか鏑木。その通りだぜ、俺が用のあるのはお前だけだぁ。』
 鏑木はその言葉には答えず、腰のホルスターから銃を取り出し、隈元に向けた。
 時計の針がちょうど八時を指した所だった。

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