第十七話 僕らとツインタワーの秋D



「げっちゅう!こんばんわー、梨本正一です!!今日はここツインタワーから中継しています!」
 そう言う梨本のバックには光に包まれたツインタワーが浮かび上がっている。
 音楽バラエティー番組の中継の進行係と言う去年からはとても考えられない大きな仕事を
もらって、梨本は大張り切りだった。
(このままトップに登りつめる。そうなりゃ俺はアイドルとだって結婚できる……。)
 梨本がそんな事を考えながら次の言葉を口にしようとしたその時――。

   ズゴォォオオオォォォォォ!!!
 突然の轟音と共にタワーの20階辺りから光の柱が立ち上る。
「な………。」
 絶句してそれを見上げるスタッフ。動揺する野次馬と紹介される予定だったバンドのメンバー。
 そんな中、意外にも梨本だけは冷静にカメラの方へ
「カメラさーん衝撃映像げっちゅう!!」
 不謹慎極まりない発言をした。

   仕方がないと言えば仕方がない。彼は中で起こっている事を全く知らないのだから。
 だが、それを知っている者にとってはただ事ではない。
 この雑踏の中、唯一あの光の帯の正体を推測できる男はこう呟いた。
「遅かったのか?まだ、間に合うのか?」
 迷っている暇はない。進むしかないのだから。
「無事でいろよ……。」
 男はタワーに向かって走り出した。

 同じ頃、21階――。
「ば、バカな……。」
 牧は大穴の開いた天井の下で震えながら呟いた。
 先ほどの必殺の一撃、これを打つ寸前鐘本が彼女の右腕を蹴り上げ、光の方向を変えたのだ。
「だが、まだだ……まだ……。」
 そう自分に言い聞かせるように呟くと、もうもうと立ち込める砂埃の中再び右腕にエネルギーを
溜め始めた。
 刹那、背後に気配がした。
 振り向くと一発の銃弾が彼女の方に飛翔してきていた。
 体を捻って回避すると、自分の近くに一人の少女が笑顔で立っているのに気がついた。
先の廃ビルでの戦いでは見なかった顔だ。
 いつの間に?そう彼女が思った瞬間、彼女は後ろ手に隠したスプレーをいきなり顔に吹き付けてきた。
「ぐわっ!?」
 痛い、焼けつく様に痛い。思わず顔を抑えて蹲る。これは一体……?
「銀イオン配合の消臭スプレーよ。この下で売ってたのを買ったの。こんな時の為にね。」
「ぐ……はああ……こんな事で……。」
 そう言って立ち上がろうとした時、少女――塩見が伏せて叫ぶ。
「今よ智慧ちゃん!!」
「はぁぃ!!」
 場違いな間の抜けた声と共に榴弾が飛んでくる。
 塩見はそのまま床を転がってそれを回避する。
 牧も後ろに飛んで避けた。だが――。

 ドゴォォォン……

 炸裂すると同時に周りに銀色の金属片が飛び散り、彼女の体を襲った。
「うわぁぁぁ!!?」
 これも例外なく銀。牧は舌打ちした。
(爆風を利用した攻撃か……。)
 そんな事を思っていると前方から榴弾の雨。
「くぅぉぉぉおおお!?」
 腕をクロスして銀片を防ぐ。腕と下半身の皮膚が劣化するのが分かる。
 やがて榴弾は止む。土煙も晴れてきた。打ち止めらしい。今度こそ、今度こそ終わりだ。
 そう思った瞬間、前方から篭手の男―― 鐘本が突進してきた。
「そんな不意打ちで勝てるとでも!?」
 そう言って、機械化のお陰で多少無事な右腕を振り下ろす。
それを鐘本は軽くかわし、その肘に一撃を加えた。
 ブシュッと嫌な音がして右肘から下、機械の部分がもげ落ちる。
 慌てて左腕を振る。力がない。軽く受けられ肘から引き抜かれた。
「ぐぎゃあぁぁぁあああ!?」
 その痛みに叫んだ時、左腕の劣化が思った以上だと悟る。
ならば下半身もと気付いたときにはもう遅い。
「がっ!?」
 右膝から下が脱落し左膝が床につく。右膝の状態を下を向いて確認し、再び顔を上げたそこに迫る
鐘本の拳――。

   メシャリ

 先ほどの銀スプレーと銀片で劣化していた顔を拳が貫通する。
「さっき――」
 拳を抜かずに鐘本が言う。
「『両手を見ろ』と言ったな。僕からも言わせてもらおう、
戦うのなら両手を見てからにしろ、と。」
 その言葉はもう牧の耳には届いていなかった。
「流石、鐘本君!」
 そう言って塩見ら三人が篭手を外す鐘本に駆け寄って来る。
「いやあ、それ程でもあるかな?」
 そう言って少しわざとらしく頭を掻く。
「それにしても――」
 深見がボソリと呟く。
「一体何時そのスプレーを用意したんだ?」
「さっき6階ではぐれた時。」
 見かけて役に立つかもしれないと思って買っといたの、と塩見は笑う。
 それを見ながら深見は6階での自分を反省した。
(そこまで考えていたとは……。矢張り我々のリーダーだった……。)
「塩見」
「ん?」
「あんたはいい総帥だ。」
 何を当たり前な事をと冗談めかして塩見は答えると
「じゃあ、上に進もう!」
 そう言って歩き出した。

 ほぼ同時刻、そのさらに上の階――。
『行くぜ!!』
 生体兵器隈元が床を蹴り、鏑木に殺到したその瞬間……。

 ズゴォォオオオォォォォォ!!!

 突然の轟音と共に階下から光の柱が立ち上る。ちょうど隈元の目の前に――。
『ぬわっ!?』
 隈元が怯んだその瞬間を鏑木は逃さなかった。

  ダンッ!!ダンッ!!

   抜き放った『Ag』とグリップに刻印されたマグナムの弾を隈元目掛けて打ち込んだ。
 勝負はこの一瞬でついた。
光の柱が消える頃には既に隈元は事切れていた。
「行こう。」
 鏑木は後ろに控える九渡に声をかけた。
「俺の十年の戦いは……もうケリがついた……。」


 ――かに見えた。
『甘いぜぇぇ!!』
「!!」
 突然の大声に鏑木が振り向くと、正に隈元が腕を彼の頭に振り下ろそうとしている所だった。
「くっ!」
 すんでの所で如意珠が隈元の腕を阻む。
『ちっ、やるじゃねえか……。』
 そう言いながら隈元は飛びのき、間合いを取る。
「九渡、手を出すなと言った筈だ!」
 殺されそうになったと言うのに鏑木はそう言って九渡を睨む。
「もうあんたの戦いは終わったんじゃないのか?」
「確かにそう言ったが、それはもう隈元を倒したと思ったからで……。」
『何ごちゃごちゃやってんだぁ!?』
 再び隈元が右手を振り上げ向かって来る。二人は左右に飛びそれを交わすと
如意珠と銃を同時に撃った。
 隈元はそれをまともに体に受けるが大して怯んだ様子がない。
「どういう事だ!?」
『へっ、俺はタフだからよう、こんな程度じゃ参らないんだよぉ!!』
 二人の間に立った隈元はそう叫ぶと左の鏑木の方に向かっていく。
「背中ががら空きだ!!」
 隈元の後ろから取り残された形の九渡が如意珠を数発撃ち込んだ。
同時に鏑木もマグナムを撃ち込む。前と後ろからの挟撃。だが、やはり怯む様子もない。
『効かねえなあ!!』
 またも鏑木に腕を振り下ろす。それを鏑木は後ろに下がって避ける。
ニ撃目――左の一撃も鏑木はかわす。三、四撃目も同じ。
(――何を狙っている?)
 避けながら鏑木は考える。こんな緩慢な攻撃で、何をする気だ?
そうしている間にも九渡の如意珠を背中に受けていると言うのに。
 そう思っているうちに背中が壁に触れた。
『へっへっへ……これなら逃げられないだろ?』
(壁に追い詰めるつもりだったのか?)
 何てバカな話だろう。そんな事をせずとも、生体兵器の力ならば簡単に殺す事も出来ただろうに……。
『俺は完全な勝利が欲しいんだ。お前には苦しんでもらわなきゃならない……。』
 そう言うと仁王立ちのまま腕を振り上げる。
 それを見ながら鏑木は、内心で笑みを浮かべた。
(壁際、こちらの思い通りだ――。)
『死ね!!』
 隈元の渾身の一撃が鏑木に振り下ろされた。

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