第三話 僕らは秋の日を尾行に費やした



「デート?井城と長崎さんが!?」
 電話口で僕は、素っ頓狂な声を上げた。
『らしいぞ。』
 電話の相手――鹿島は落ち着いた声で答えた。
「そんな情報、どっから来るんだよ?」
 この間のメールから推測すると、井城は長崎との関係を言い触らしてないようだ。
 だから、それから考えるに、デートの事実を知るのは非常に困難ではないだろうか?
情報源ソースは銀からだ。多分、信用していい。』
 銀、と言うのはうちのクラスの九渡銀次の事である。
 学年指折りの情報通だ。その筋なら信用できる。
「わかった。で、行き先は?」
『多分、四番通りだ。』
 四番通りは、中学校のあった場所(うちの学校は中高一貫校だが、校舎が別なのだ)
から程近い所にある、大きな通りだ。
十一階建ての大型ショッピングセンターやカラオケ、映画館、ボーリング場なんかが立ち並ぶ、
兎に角遊ぶ場所には困らないところだ。
 つまり、言い換えるとデートコースとしては妥当な場所である。
「日時は?」
『明日、13時、APO11前だ。』
 APO11は十一階建ての大型ショッピングセンターだ。いつも思うが、安直な名前
である。
 それにしても……
「何処から仕入れて来るんだ、その情報?」
『それは、銀に聞いてくれ。』
「じゃあ、俺らは12時半な。」
『分かった。他の奴らにも伝えとく。』
 そう言うと、鹿島は電話を切った。

            * * * *

   嫉妬と言うのは見苦しい。
 おれはつくづくそう思った。
 石野純二。
 あの男は自分がちょっともてないからって、おれにメールで八つ当たりしてきやがる。
 馬鹿だ。
 しかも、俺と彼女との崇高な関係を、自分の尺度で測って面白がってやがる。
 まあ、あいつは馬鹿だから、ああいう答えなら理解できないだろう。
 馬鹿と言えば、去年のあの女もそうだろう。
 あの女、確か梓川と言ったか。
 おれが折角告白してやった・・・・・・・と言うのに、突っぱねやがった。
 本当に頭が悪い。
 まあ、あの時おれも若かった。ついあんな女に傾いてしまったが、今度は違う。
 おれは本当におれの事を理解してくれる女に会ったんだ。
 明日は初デート。
 何を着ていこう?何を着ても似合うのがおれだが。
 そうだ。
 親父の部屋にある、あの指輪。あれを付けていこう。
 やけに厳重に保管してあるし、高級な品に違いない……。

            * * * *

 次の日。
 僕と鹿島と黒部はAPO11の一階に集まった。
 あの時のメンバーからはクラブで林が抜けているが、代わりに九渡が加わっている。
「俺が今日ここに来たのは」
 不意に九渡が口を開く。因みに時刻は12時37分。まだあの二人が来るまで間が
ある。 「井城と長崎が名前ファーストネームで呼び合っていると言う情報を確かめる為だ。」
『マジ!?』
 僕と鹿島は顔を見合わせた。豪く気持ち悪い関係である。
と、言うかそこまで進んでいるとは……。
「だから三人とも、耳を澄ましておいてくれ。」
 これは……聞いてみたい。そして気持ち悪いと思ってみたい。
 丁度、恐いとわかっていながらお化け屋敷に入りたいという気持ちと同じだろう。
「来た、井城だ。」
 黒部が、駅の方から歩いてくる井城に気付く。
 僕らがその言葉に、そちらを見ると、そこにはスーツ姿の井城がいた。
 はっきり言って似合ってない。と、言うかデートにスーツ着てくんな。
「……馬鹿丸出しだな。」
 九渡が尤もな感想を口にした。
 で、馬鹿丸出しな格好の井城は、腕時計(遠くて定かではないが文字盤にダイヤが
はまっているようだと黒部は言っていた。)を気にしながら待っている。
 しかも、その腕時計をはめた左手の指には、きらきら光る指輪をしていた。
 九渡はその指輪を、睨むような目で見ていた。気に食わないらしい。
 時刻はまだ13時46分。集合時刻まで15分近くある。
 全く、せっかちな奴だ。

 13時3分。
 長崎麻衣が現れた。
「ごめん、待った?」
「今来たとこだよ。」
『ベター!!!』
 なんて基本に忠実な奴らだ。お決まり文句過ぎである。
思わず大声を上げてしまったが、大丈夫気付かれてない。警備員さんに睨まれただけだ。
 二人が中に入ってくる。僕達は慌てて入り口近くの服屋に隠れた。

   奴らはそれから、11階のCDショップに数十分入り浸り、APO11を出た。
 そこからクレープ屋、ゲーセン、カラオケと店を回る。僕らは勿論その後を尾行する。
 カラオケの中までは監視できないので、別の部屋から中の様子を伺う事にした。
 利用時間はフリータイムにしたので、いつでも出られる。
 一時間ほどたって僕がトイレに行くと、廊下で何故か塩見憂と鉢合わせした。
「あ。」
「もしかして、尾行?」と僕が聞くと彼女は
「そんな人聞きの悪い……。」と誤魔化し、逃げるように去っていった。
 部屋に帰ってその事を話すと、
 鹿島は「偶然だろ?」と言った。
 黒部は「誰と来てたんだろ?」と言い、石野の番だとマイクを渡してくれた。
 九渡はただ、親指の爪を唇に押し当て、ジッと壁の一点を睨んでいるだけだった。

 二人が店を出たので、僕らも少し間を置いて後を追った。
 人込みの中、背の低い二人を見失わないよう、気をつけながら後をつけた。
 時刻はもう6時を回っていた。
 二人はその後、駅にある全国展開している古本屋で、やけにマニアックな本の話題で
盛り上がった後、地下にある駅のホームに下りた。
 後は頼む、と九渡はこの駅から出ている別の路線に乗り換え、帰っていった。
 僕らは、帰る道があの二人と同じなので、隣の車両から監視する事にした。

 ……結局の所、九渡の言っていた『名前で呼び合う』と言うのは確認できなかった。
 それに、二人はやけにいちゃついてはいるが、只のカップルだ。
 こうやって追いかけるのがなんだか馬鹿らしく思えてきた。
 その事を鹿島に告げると、「お前は飽きっぽいな」と笑われてしまった。
「成果がなくても、根気を持つべきだ」と黒部にも言われてしまった。
 そうは言っても、なんだかなあ……。


 日本にしては、自然が残っているな。
 それがここに来た、彼の第一印象だった。
 この国に来たのは3年前だが、ここに居を構えたのはつい最近の事である。
 彼のいるこの建物は真っ暗で、ただ天井のファンが回る音だけが支配していた。
 ガチャ……チリリンチリ……
 建物のドアが開き、ドアベルの音が静寂をかき消す。
 そして、こちらに近づいてくる気配。足音はなかった。
「鏑木。」
 入ってきた者――男のようだ――が彼に声をかけ、そのテーブルを挟んだ向かいに座った。
「来たか。」
 男―― 鏑木は只一言、そう言っただけだった。
「久しぶりだな。3年か……。」
「あの時のガキが、大きくなったもんだ。」
「子供はそういうもんだ。あんたは年を取ったな。」
 鏑木は口の端で笑うと、大人はそういうもんだと言った。
「お前が来たと言う事は、動き始めたのか奴らが。」
「そうだ。」
「メニアニマ……。」
 きゅっと、鏑木の表情が引き締まった。
生体兵器バイオウェポンは?」
「やはり保有している。噂だけではなさそうだ。」
 そうか、と鏑木は腕を組んだ。
「取りあえず本部に連絡しておいてくれ。バイオウェポン対策の武器が要る。」
「分かっている。ただ、増援は望めんだろう。」
 それでもやるしかない、と入ってきた男は言った。
 暫く沈黙が二人の間に流れる。
「ところで」
 数分して、その沈黙に耐えられなくなったかのように、入ってきた男が口を開いた。
「何で真っ暗なんだ?」
 鏑木はバツ悪げに答えた。
「蛍光灯を入れるのを忘れていたんだ。我慢してくれ。」
 そうか、と言って男は立ち上がった。
「では、そろそろ……。」
「ああ。」
「我等『セフィロト』に、栄光あれ!」
「栄光あれ。」
 鏑木と男は拳を付き合わせた。 

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