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第六話 僕はこの秋、人生最大の危機を経験した



「わたしと、付き合って下さいぃ!」(アニメ声)
 嫌だ!!僕は心の底からそう思った。
と、言うか冗談きついとまず思った。ドッキリカメラか何かとも。
 しかし、彼女の瞳は真剣だった。
 確かに胸の前で祈るように組まれた手はわざとらしいけれど。
(いや、でもなあ……。)
 改めて彼女の全体をよく見てみる。
 全身シックな黒に浮かび上がる驚くほど白い顔。そして肩まで届く髪。
(いや……なんか神秘的、だな………。)
 ああ言われてから見ると、何故か彼女はとても魅力的に見えた。
どこからかいい匂いがしてきて、ちょっとボーっとしてくるような……。

「きゃー!ありがとう!!」(アニメ声)
 甲高い例の声が聞こえる。喜んでる。頷いていたらしい。なんか、どうでもいい。
全部どうでもいい気がしてきた。
「じゃあ、今日一緒に四番通りに行こうよ!」(アニメ声)
 また僕は頷いたみたいで、彼女はまたやったー、と言った。
クラブがあるのに……とかどこかで思っているけど、その反面どうでもいい気もした。
 彼女が僕の手に触れる。そして周りが動き出した。違う、僕が歩いているんだ。
「……野、……石野…!」
 誰かの声が僕を呼んでいるのが聞こえる。でも、どうでもよかった。
 そう、全てがどうでもよかった。周りも自分も、何もかもが。
 目の前に川が見える。知っている。学校の近くの小さな川だ。足のかなり下を流れていて、
水は澄んでいる様に見える。
 いつの間にここに来たのか、そんな事もなんかどうでもよかった。
 僕は川岸ギリギリにいた。でも、恐怖はなかった。白い霞がかったようなこの世界では。
『降りて、飛んで降りて……。』
 囁き声が聞こえる。誰の声だろう?どうでもいいか、そんな事。
 降りよう。何があるかは知らないが、そんな事はどうでもいい。降りよう。
 そう思い、僕がまた一歩踏み出そうとしたその時――

 ヒュッッ
 何かが僕の目の前を過った。
 ついでもう一発、今度は僕の後、巽さんに……。
「ギャッッ!!?」
 巽さんが獣のような声をあげた。当たったらしい。
 その瞬間、フッと視界が晴れた。
 目の前に地面がなく、下の方に小さな川が流れている。落ちたら、と思うと膝がガクッ となった。

「もう少しだったのに、邪魔をしやがって………。」
 後でそう呟く声が聞こえた。巽だろうか?いや、彼女のアニメ声じゃない。
 疑問に思い振り返ると、そこにいたのは人ではなかった。
 真黒い、まるで名前に「ゴ」のつく甲虫みたいに油光する体。
 そこから伸びる両腕からは、大きな鎌がのびていた。
 足の膝小僧の部分からも棘が生えており、顔の部分は真っ赤な一つ目が真ん中に光っているだけだった。
そして周りには、黒い千切れた布が散らばっている。
「あ…ん…たは………?」
 僕の掠れた声が聞こえたのか、『それ』は一つ目でこっちを見た。
「知りたいか?」
 『それ』は笑ったのだろうか、赤い目が醜く歪む。
「知った時は死ぬ時だがな………。」
 『それ』はそう言うと腕を大きく振り上げ、僕に叩きつけようとした。

   ヒュッッ

「ギャアアア!?」
 また何かが飛んできて、今度は『それ』が振り上げた腕に当たった。
「そいつから離れろ。さもなくば撃つ、今直ぐにでも。」
 突然響く、警告の声。僕がその声が聞こえてきた方を見ると、そこには一人の男が立っていた。
そして、僕はそれが誰かを知っていた。
 九渡だ。九渡銀次。サウザンズ学園指折りの情報通のあいつが、何故ここに?
「石野、こっちにこい。」
 九渡はそういうけど、僕は足が震えて動けなかった。
「こいつを渡すわけにはいかない。」
 僕の後の異形が言った。
「始末する為か?」
 九渡の問いに異形は肯く。
「そうだ。でなければ、こんな人間など襲わん。」
 僕はこいつらに何をしたのか、見当もつかなかった。何故殺されなくてはならないのか。
「そいつは何も情報を持ってないぞ。」
 何の情報だろうか?一体何の話だろう?
「そんな言葉を信じるとでも?」
 それでもし殺されないのなら信じてほしい、と思った。
「信じないなら、お前を掃討する。」
 そう言うと九渡は、右手を突き出した。拳は硬く握られている。
「丸腰で何が出来る?」
 それを嘲笑うかのように、異形は言った。確かにそうだ、と僕も思う。
 その言葉を九登は鼻で笑い、人差し指と薬指を立てた。
その両方の指の間には、何か銀色の丸い玉が挟まれていた。
「動けば、これを撃つ。」
 ………ダメだ、警告にもなっていない。異形は余裕の表情だし、そんな物で倒せるとは 思えない。
 さっきまで飛んできていた何かはそれなんだろうけれど、もしそれで倒せるなら、
何故ここにこの異形は立っているんだ。
「如意珠か。だがそんな暗器ではこの私は倒せんぞ。」
「試すか?」
 せせら笑う異形に、九渡は余裕の表情で言う。
「試してみるか?お前が倒せるかどうか?」
「いいだろう、後悔させてやる。」
 そう言うと異形は右手を振り上げ九渡に……じゃなくて何故か僕に叩きつけようとした。
 ちょっと待て、自分らだけで戦え!!
 そう思った瞬間、再びヒュッという音がした。
「ギャアアアアアァァァァアアアア!!」
 物凄い絶叫と共に異形は顔を、いやその真っ赤な一つ目を抑えて蹲った。
 その隙に九渡は僕の方に近づいて、さっと助け起こしてくれた。
「き、貴様!!何を撃った!?」
銀の弾丸シルバーブレッド だ。」
「な……。」
「行くぞ、石野。」
 そう言うと、九渡は僕の手を引いて走り出した。
「ちょっと待て、あいつおいてっていいのかよ!?」
 大体お前は何者なんだ、という意味も込めて僕は叫ぶ。
「ほっといても大丈夫だ。どうせ追いかけてくる。」
「駄目じゃん!!」
「駄目じゃない!」
 何が駄目じゃないのかよく分からないが、彼はそう怒鳴り返した。

   後ろから足音が聞こえてくる。
 嫌な予感がして振り返ると、やっぱりあいつが追いかけてきていた。
 やばい、差が詰まってきている。足速すぎだ向こう。
「どーすんだよ!?」
「だから、大丈夫だ!!」
 学校の近くは割りと田舎で、だからあの後ろの異形も人の目には触れていなかった。
  でも、九渡が向かっているのは確実に人が沢山いる学校だ。
 目立つよ、確実に。被害拡大するよ、確実に。
 そんな僕の思いを知ってか知らずか、九渡はドンドン学校に近づいてきている。
と、言うかもう校舎見えてる。
 学校近くの公園まで来て、九渡がサッとその中に入った。僕も慌てて後を追う。
「こんなとこで……どうすんだ……よ……?」
「ここに、協力者が、いる。」
「ほう、それはどんな奴だ?」
 異形も追いついて、公園に入ってきている。顔の一つ目は完全に潰れている。
「もう、逃がさん……!」
 潰れた眼が、キュッと歪んだ。

 クラブ活動の喧騒に包まれた学校。
 その中を英語科教師 落田善人は歩いていた。
 彼が顧問を務める『散歩部』は部員数が少なく、活動日も限られていた。
だが、彼自身は校内をこうして散歩するのが日課になっていた。
今日の空は少し曇っていて、雲の切れ間からさす陽光が、彼の禿頭を反射していた。
 ふと前を見ると、外国人の男が校舎の壁を叩いている。学校の中に紛れ込んだのだろうか?
 英語科の教師である彼は、自分の英語に自信を持っていた。
だから話しかけてみることにした。怪しい人間なら、どちらにしろ校外に追い出さなくてはならないし。
「ファッチューユゥヂュゥイング?」
 『What are you doing?』には到底聞こえない発音だった。
 案の定、外国人は困った顔で首をかしげ、何かぶつぶつ言った。
 落田はそれを、何かやましい事があるととり、もう一度同じ事を聞いた。
 すると相手はなんと日本語で
「何語ですか、そレ?」と聞いてきた。
「あ、喋れるんですか!」と落田は安心したように
「ここは学校だから部外者は立ち入り禁止です。」と言った。
 外国人の男は、ズボンのポケットを探りパスケースを取り出すと落田に見せた。
 それを見た落田の顔色が変わる。慌てて『失礼しました!!』と叫ぶと走り去った。
 後には外国人の男だけが残る。
 彼はニ三度首を振ると、さっきまで自分が叩いていた校舎の壁を見上げ、荷物の中から
鉤付きのロープを出すと、それを屋上に引っ掛け、登り始めた。 

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