第七話 僕の頭の上で、秋空は曇っていた



 学校近くの公園。僕は今までの人生で最大の危機を迎えていた。
 目の前にいる異形。今にも襲い掛かってこんばかりだ。
(……石野)
 隣の九渡が囁きかけてくる。
(もう五歩後ろに下がるぞ。)
 そう言うと、僕の肩を押して五歩下がった。滑り台に背中が付く。
(に、逃げられないじゃないか!!)
 小声で、しかしはっきりと、僕は抗議する。
(大丈夫だ……。)
 またこれだ。さっき逃げ回っていた時に言われまくっていたが、全然大丈夫じゃなかった。
だから、安心できない。
「何をごちゃごちゃやっている?」
 異形はそう言って、一歩ジリッと近づいた。
「如意珠を撃ってきたらどうだ?抵抗してみろ?」
 そうだ。さっきのあれを使えばいいじゃないか、と僕も思い言ってみたが、
(……ダメだ。こっちにもこっちの事情があるんだ。)と取り合わない。
「どうした、こんのか?」
 また異形はザッと足音を立てて一歩前に出る。

 サウザンズ学園の二号棟と呼ばれる校舎の上――。
 一人の男が鞄から荷物を出していた。
「くれーなずむー町のー ひかーりと影のー中」
   男は日本人ではない。だが、口から紡がれるそのメロディーは、日本の歌だった。
 歌いながら彼はその屋上の端に、大きなライフルをセットする。
「愛ーするあなたへー」
 そして寝そべるとスコープを覗いた。
 丸い世界に一つの公園が映る。倍率を上げると、異形の怪物が今正に二人の少年を襲おうとしていた。
 男はニヤリと笑うと怪物に狙いを合わせる。
そして、表情を引き締めるとキュッとスコープを覗く右目を細めた。
「贈るー」
 引き金に指をかけ、息を詰める。
 彼の中で一瞬が永遠に、永遠が一瞬に湾曲する。
「言葉ー」
 キュっと言う消音機で消された音と共に銀色の弾丸が発射された。


   弾丸は飛ぶ、公園へ。異形の首に突き刺さり、それは悲鳴は上げず音を立てて倒れた。


   僕は初め、目の前で起きたことが理解できなかった。異形が突然倒れたのだ。
「九渡、これは一体……?」
 と九渡の方を見ると、彼は校舎の方に向かって十字を切っていた。
「どういう事か説明してほしいって顔してるな。」
 こっちも見ずに九渡は言う。
「ああ……。」
「なら、ついて来てくれるか?」
 勿論僕は肯いた。


   六時ジャストでクラブ活動は終えなくてはならない。
 そして六時半には完全下校というのが、このサウザンズ学園のルールだった。
 授業とクラブで疲れた体を引き摺りながら、鹿島弘樹は数人の友達と共に校門を出た。
 女に誘われて、結局クラブに出てこなかった石野を笑いながら、彼らは学校近くのコンビニに入る。
 狭い店内は運動部の生徒達でごった返していた。
 コンビニ特有の様々な食料品の混ざった臭いと、汗の臭いが混ざって何とも言えない。
 人込みをかき分けかき分け、奥の棚から500mlのペットボトルを掴み取る。
よく買うスポーツドリンクの『すっぽりアミノさん』だ。
 何とかレジを通過し外に出ると、店の前のベンチに林時緒が座っていた。
その隣に鹿島は腰掛ける。
 おう、と挨拶をし合って他愛もない世間話で時間を潰す。
一分、二分……他の部員達はなかなか出てこない。先に座っていた林の方もそうらしい。
「おかしいな……?」
 立ち上がって店の中を覗こうとすると、後ろから肩を叩かれた。
 鹿島が振り返ると、そこには同じクラスの鐘本尽が立っていた。
右手には『裂けるチーズ』を持っている。
「一緒に帰ろう?」
 そう言ってきたが、クラブの付き合いがあると言って鹿島はきっぱり断った、が
「いや、帰るべきだ。」
 と何故か執拗に食い下がる。
 鹿島は林と顔を見合わせ、仕方ないか、と一緒に帰る事にした。

 帰り道駅の手前で、鐘本が妙なことを言い出した。
「これから暇?」
「いや、帰るけど。」
 鹿島の答えに林も肯く。
「そこを何とか、来て貰わないと困る。」
 こっちこっちと、鐘本は駅の横の細い道に二人を招き寄せる。
「何か気になる……。」
 そう言うと、林は鐘本の後ろについて行った。鹿島もやれやれと後を追った。

 駅の隣には大きな公園がある。
 鐘本はそこに入り、手前の丘のようになった所を登っていく。二人も後を追った。
「これだ。」
 頂上で彼が指差したのは、大きなヘリコプターだった。
「アパッチ?」
 林の問いに鐘本は「イエェス」と落田教諭のモノマネで答える。
「さ、乗って乗って。」
 と鐘本が言うと、『アパッチ』のドアが開く。
 何がなんだが分からないが取りあえず乗ってみると、何故かシートには一足早く 黒部北斗と……
「ぁー!鹿島きゅんと林きゅんだぁー!」
 小黒智慧美が座っていた。

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