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  一 それじゃあ、全裸になりなさい その4



「それじゃあ、手早く全裸になんなさい」
「嫌ですよ!」
 何が、それじゃあ、だ。
「あたしと一緒に芸術に身を捧ぐって言ったじゃない!」
「全くそんな覚えないですよ!」
「それは言ってないわ」
「言ってないね」
「言ってないな」
 他方からの援護射撃に、露子は舌打ちして黙った。
「わたし達文芸部と、小説を書くのよね?」
 今度はエミリが攻勢を仕掛けてくる。
「いや、だからわたし入部自体……」
「今なら高校生で芥川賞を狙う係の席が空いてるよ」
「ハードル高い!」
「国語の成績はよくなってよ?」
「む……」
 それは、ちょっといいかもしれない。優歌は作文があまり得意ではないのだ。練習になるかもしれない。
「待て」
 横から神崎が口を挟む。
「成績の話なら、パソコン研究会に協力した方が、目に見えてスキルアップできるぞ」
「え? でも……」
 優歌は機械にも強い方ではない。パソコンなんて、時々調べ物をするぐらいしか使ったことがないし、中学の技術の授業でもキーボードを打つ段階から四苦八苦していた。
 その旨を伝えると、神崎は肩をすくめた。
「何、気にすることはない。俺はできた人間だからな、たとえ相手が大惨事の三次元スイーツ女でも、根気よく教えてやろう」
「できた人間はそういうこと口に出しません……」
「では、どちらもやるということで」
「なるほど、雑用係は共有財産だな」
「パシリって呼ぶね!」
「雑用やらせる気満々ですか!? て言うか、まずわたし入る気ないし!」 「あら、そう来るのね……」
「意外だな」
「これはトンデモトリックだね」
「さっきから言ってるじゃないですか!」
 はあはあ、と肩で息をし、呼吸を整えてから優歌は疑問を口にする。
「そう言えば、元ってなんなんですか? ドアにも何かいっぱい書いてありましたけど」
「それを説明してなかったわね」
 エミリは胸の前で両手をぽんと合わせた。
「事の起こりは去年の五月だ」
 遠くを見つめるような目をして、神崎は語りだした。
「俺たちが入学した当初、この学校には今よりもっとたくさんの文化部があった。パソコン研究会、文芸部、美術部、演劇部、地学部、生物部、化学部、服飾研究会に料理研究会……」
「だけど、みんな人数が少なかったの」
 大鷺高校では、クラブ活動の費用は一定額の部費に、人数から計算した追加分を上乗せして支給するシステムであった。当然、人数が少ないクラブも多いクラブも、定額部分は一律であり、クラブの数が多ければ多いほどその支出は増加する。
 その費用を削減するため、新たに「クラブとしての体裁を保つには五人以上の部員が必要」という規則が作られた。
「パソ研は俺と当時の部長の二人だけ、文芸部は真倉と戸川と三年生が二人、演劇部は三年生が三人だった」
 他のクラブも同じような状況だったらしい。
 五人に満たないクラブを廃部とするかどうかで、学校の理事会は紛糾したらしい。
 最終的に、生徒の自主性を重んじる教育を掲げている手前、財政を理由にして廃部を迫るのは学校として正しい姿勢ではない、という結論となった。
「そこで、理科系のクラブは理科部としてまとめて一つ、服飾と料理は合わせて家庭科部に統廃合しようということになった」
 なるほど。それで、理科部と家庭科部か、と優歌は得心した。
「そして、残ったパソ研と文芸と演劇と美術を合わせて、そこにワンダーフォーゲル部をつっこんだのが、この自由創作部というわけだ」
「ちょっと待ってください! 今なんかおかしかった!」
「美術部が入ったこと?」
「ちょ、エミリさっきからあたしに対してひどくない?」
 会話に入らずボディペインティングの続きを塗っていた露子も、さすがに口を挟んだ。
「あら、そうかしら?」
 困ったような顔で、エミリは首を傾げる。
「ごめんなさいね。体を緑に塗りたくった芋虫は、これぐらいの力で踏んでもつぶれてしまうなんて、気付かなかったわ」
「だ、誰が芋虫よ!?」
「もちろん、あ、な、た」
 見開かれた瞳でそう言われて、露子は石になったように動かなくなった。
「それで何のお話だったかしら?」
 笑顔に戻って向き直るエミリに、優歌はへその下が冷える。固まっている部長に同情するが、変に声を掛けると話がこじれそうだ。
 触らぬ全裸に脱衣なし。そう思って優歌は一つ咳払いをして言った。
「いや、ワンダーフォーゲル部ですよ」
「人数が少なかったんだ。奴らも、俺たちもな」
 体育会系で唯一定数割れを起こしていたクラブも、この機会にくっつけようという話になったらしい。
「雑な仕分けだ。予算の問題とはいえ、な」
 そう言う神崎はどこか寂しげだった。こういう表情をしていたら……いや、でも中身がなあと優歌は思い直す。
「それで、ワンダーフォーゲル部の人たちは……?」
「追い出したわ」
 けろっとした調子でエミリは言った。
「ど、どうして……?」
「他のクラブでがんばった方が、彼らのためじゃなくて? 幸い、うちの高校には理科部とか近そうなクラブがあるのだから」
 理科とワンゲルは、よっぽど縁遠いような気もするが。
「相手のためを思ってこそよ」
「因みに本音は?」
「汗臭い、声がでかい、ヒゲが嫌、生理的に受け付けない、生まれる前から敵でした」
 あゆみの問いに、これまたしれっと応える。
「だって、伊東さん」
「やっぱり、エミリ先輩がこの部で一番性質悪いですね……」
 面と向かって言ったのだろう。優歌がワンゲルの部員なら、泣いて帰る自信がある。
「あら、今ごろ気付いたのかしら? うっかりさんね」
 悪びれもせず、エミリは微笑む。
「それを覚えておけば、この部で概ねやっていけるだろう」
 などと、隣で神崎もうなずいている。
「いや、やっていきませんよ」
「まあでも、わたしが一番というわけでもないわ」
 いやいやいやいや。ここまで見てきた中ではぶっちぎりですよ、と優歌は内心呟く。
「みんながみんな、それぞれのベクトルで、性質が悪いのが自由創作部の美点よ」
「いやいやいやいや!」
 何故か巻き起こる拍手。今度は思わず口に出た。
「自覚あるんだったら直しましょうよ!」
「あら、わたし達に息をするなというの?」
「全く別の問題ですよ!」
「怖いわ、今年の新入生怖いわ」
「先輩の方がよっぽど怖いですよ……」
 そこでふと、おかしな事に気がつく。
「あれ? でも今この部って四人しかいないんじゃ……」
「よく気がついたわね」
 満面の笑みを浮かべるエミリに、優歌は一抹の不安を感じた。
「だから、もう一人連れてこないと廃部か合併なのよ」
「嫌だよ、もう引越ししたくない……」
「あゆみちゃん……」
 しょぼん、とうなだれるあゆみの頭を、エミリは優しい顔で撫でる。
「伊東よ、お前はこれを見て何も思わないのか?」
「うう……」
 同情を誘う作戦というか茶番であることは、優歌にも分かっていた。
「まあ、他にやりたいことがあるなら、強制はしないけどね」
 やりたいこと。
 いつの間にか回復した露子が、何気なく発したのであろうその言葉は、優歌の心にずしんと来た。自分のやりたいことって、本当になんだろう。特に定まらずに、ここまで来てしまったように思う。
 高校生って、そろそろ決めないといけない年齢なんじゃないだろうか。そう思うと、焦りのような気持ちが湧いてきた。
「ここがどういうクラブか、知りたかったんでしょ?」
 肩口に暗緑色を塗りながら、露子が言った。
「簡単に言うなら、自由創作部はその名の通り『自由』なクラブよ」
 顔を上げて、露子は優歌の顔をすくい上げるように見つめた。
「裸の心で、色んなことに挑戦したら、やりたいことを見つけられるかもね。今見当たらないんだったら、そうね環境を変えてみるのも手よ」
 環境を、変える。ここで何かをすれば、本当に見つけられるのだろうか。
「さっすが部長、いいこと言うね」
「全裸でなければもっとよかったんだが」
「すごいわ、やっぱりあなたはそんけいにあたいするひとね」
「エミリ、超棒読み……」
「心にもないことを言うと、疲れるわね」
「そうだね。ボクも疲れたよ」
「ちょ、あゆみちゃん!」
「あの……」
 続く言葉を発するのは、ドアを開けてこの部室に入るより勇気が要った。
「わたし、やりたいことを見つけられますか?」
「あなたにその気があればね」
 気概を見せなくてはならない、か。
「分かりました。わたし、ここでやってみます!」
「そう! じゃあ今すぐ服ぬ……」
 神崎がどこからともなく取り出した布で口を塞がれて、露子はもがく。
「むぐ! むぐぐぐぐ……」
「今だ真倉、続けろ」
 神崎は目を白黒させる露子を抱えながらも冷静に、エミリを促す。
「歓迎するわ、伊東さん」
 段々青ざめていく露子を華麗に無視して、エミリは優歌に微笑みかけた。
「はい、よろしくお願いします」
 後ろの人の事は見なかったことにして、優歌はお辞儀した。
 格好よかったんだけどな、ほんの数秒前までは……。
「殺す気か!」
 露子はようやく神崎を振り払って叫んだ。
「……何故分かった?」
「やっぱりか!」
「あっさり殺意認めた!?」
「謎は全て解けた! 犯人はお前だ!」
「いや、謎とかないですから! と言うかみんなしっかり見てますから、そんなドヤ顔されても……」
 何でこの状況でそんなに得意そうな顔ができるんだろうか。
「待ってあゆみちゃん。今のは神崎くんの中でも最も危険な人格、神崎イヅルがやったことよ」
「本人じゃないですか!」
 何の弁護にもなっていない。
「もういいわ、新入生勧誘してくる。あたしと一緒に全裸になってくれる女の子、探さないとね」
「待てい!」
 そう言ってドアノブに手をかけた露子の腕に、優歌は飛びついた。
「何よ? あ、ついてきてくれるの? だったら早く裸になって……」
「違います! そんな格好で行くつもりですか!?」
「これ以外どんな格好で行けって言うのよ?」
「服を着てください!」
 真っ当なはずの優歌の言葉に、露子は目を見開く。
「何で『意外なこと言われた!?』みたいな顔なんですか!」
「いい? あたしは去年もこうやってボディペイントして部員を集めたのよ」
「え? 去年って、先輩一年生じゃ……」
「部長、そのボディペインティングで何度も校内歩き回って、三回停学食らって留年、今年二年生二回目なんだ」
 あゆみの口からさらりと明かされた、割と衝撃の事実。
 この人は筋金入りのバカかもしれない。
 優歌はさっき露子の言葉に心を動かされたことを棚に上げて思った。
「普通、反省とかしませんか……」
「反省したから、今年は下も脱いだのよ」
 去年は、パンツを履いていたらしい。対して、今年は完全にすっぽんぽんである。
「そう言えば、『パンツがあるから恥ずかしくないもん』などと言っていたな」
「悪い方向に進化した!?」
「部長、次同じことやったら退学なの」
「そう、同じ格好だとまずいの。だから今年は下まで脱いだのよ。頭いいでしょ?」
「すこぶる悪いですよ!」
 得意げな露子を見て、こいつ日本語が通じているんだろうか、と不安になってくる。
「じゃ、鏡見たけど特に問題なかったし、行ってくる」
「あんた今の流れでよくいけるな!」
 当たり前のように出て行こうとする露子を、今度は羽交い絞めにして止めた。
「ちょっと、先輩たちも止めてくださいよ!」
 優歌は静かにこちらを見守る三人に援護を求めた。
「勝手に退学にでもなればいいじゃない」
「ストレートに酷い!」
「去年のこともあって、俺たちはむしろ被害者だと知られているからな」
「自分に被害が及ばなきゃ放置ですか!」
「部長が何かやっても、ボクが必ず捕まえるから安心して」
「何そのマッチポンプっぽいの!?」
「むしろ、伊東さんが止める理由を聞きたいわ」
「普通止めますよ……。わたしとしては、みなさんが止めない方にびっくりですよ……」
 首をふりふり、優歌は大きく息をついた。
「乙女の柔肌を、そうそう簡単に人目に触れさせるのはちょっと……」
「あたし乙女じゃないし」
「……いや、そういう問題ではなくて」
「部長、発言に気をつけてくれ」
 神崎が口を挟む。どうしてここで入ってくるんだ、と優歌は困惑した。
「これがライトノベルなら、今の一言でヒロイン候補から外れたぞ」
「何をそんなに焦ってるのかしら……」
 じっとりと額に汗すら浮かべる神崎に、エミリは肩をすくめた。
「せっかく新入生勧誘して、優歌ちゃんの友達を探してあげようっていうのに」
「部長の全裸にほいほいついてくるような人とは、多分わたし友達になれませんよ」
「コミュニケーション能力低いわねー」
「そういう輩と関わりたくないだけです」
 挑発するような口調に、優歌は少しムッとする。今日も即友達ができたと言うのに。
「またまたー。優歌ちゃん、いかにも僕は友達が少ないってタイプに見えるけどなー」
「そんなことないですよ! 先輩と一緒にしないでください」
「とととと友達くらいいるもん! ケータイの電話帳、二桁はいるもん!」
 売り言葉に買い言葉で、全裸以外に何の根拠もなく発した一言であったが、効果てき面である。
「二桁ぐらいで威張られても……」
 と言うか語尾に「もん」をつけるのをやめて欲しい。聞いていて鬱陶しかった。
「えらく慌ててるけど、具体的には何件かしら? あゆみちゃん知ってる?」
「ボクの推理によると、十五件程度だね」
「少なっ! 流石にそれはないでしょ……」
 思わず口をついて出た言葉に、露子は硬直する。程なく、ふるふると目に涙が溜まる。
「この被服女! 文明人気取り! バーカ! バーカ!」
 謎の罵倒を残し、部室の外に走って出て行ってしまった。
「あーあ、先輩泣かしちゃって。怖いわ、今年の新入生怖いわ」
「ちょ、やめてください! て言うかまさか……」
 ケータイの電話帳の件は図星だったらしい。
「君も真実を見抜く名探偵だったんだね。嬉しいよ、ライバルができて」
「ぐ、偶然ですよ」
 真っ直ぐ見つめられて、優歌は視線を外した。こんなことでライバル認定されても困る。
「しかし、どさくさで出て行ってしまったな」
初対面にして、もう彼女に会うこともないのだろうか。何かに安心する優歌であった。
「じゃあ、今日はもう帰りましょうか」
 エミリの言葉に、神崎もあゆみもうなずく。
「じゃあって、部長はいいんですか?」
「……いい人だったね」
「ああ、日本にいる裸族の中ではトップクラスだろうな」
「みんなの心の中で生きていくわ」
「退学決定ですか……」
 総じて部長に対してひどいが、それも仕方ない気もしている優歌であった。




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