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  三 これでもう後に引けなくてよ? その2


 第一校舎は、主に各クラスのホームルーム教室が入った校舎である。コの字型をしていて、芝生のある中庭をぐるりと囲んでいる。
 教員室や特別教室、会議室の入った第二校舎とは、中校舎と呼ばれる建物を介して結ばれていた。
 優歌は中校舎の廊下を渡り、第一校舎の最も人通りの多い通用口へ急いだ。
 大鷺高校の校舎は、体育館や武道場を除けば、上履きと下足の区別がない。車椅子用のスロープを駆け下ると、正門の方に見知った顔がいるのを見つけた。
「エミリ先輩」
 声をかけながら近付くと、真倉エミリは顔を上げて微笑んだ。
「あら、優歌ちゃん。手伝いに来てくれたのかしら?」
 首を傾げる彼女の手にはB6大の紙が握られている。
「部長は?」
「いないわよ。わたしが全裸で配らせると思って?」
 それはそうか。ひとまず、優歌は胸を撫で下ろす。しかし、そう考えると一つ疑問が頭をもたげてくる。
「野川先生が、『あんな格好で』って言ってたんですけど……」
 優歌は先ほどの会話をエミリに説明する。言うまでもないが、エミリはいつものように学校指定のブレザーを着ていて、「あんな格好」と形容される状態ではない。
「ああ、それは……」
 エミリが口を開きかけた時、彼女の背後、正門の影からぬうっとそれは現れた。
 クマだ。ピンク色をした、ファンシーで頭の大きなぬいぐるみのクマである。
「な……」
 なんなんですかこれ、と言い掛けた優歌に、ピンクのクマは右手を振り上げた。
「ひぃっ!?」
 思わず悲鳴を上げて後ずさる。怖いデザインというわけでもないのに、妙な迫力があった。向こうは軽く手を上げて挨拶のつもりだったらしい。ひらひらと丸みを帯びた手を振っている。
「あらあら、そんなに驚いちゃって」
「お、驚きますよそりゃ……」
 クマは右手で後頭部をかくような動作をしている。優歌の反応に困惑しているように見えた。
「何で、こんなものを?」
 誰が用意したのだろうか。と言うか、どんな力があったら用意できるのだろうか。
「かわいいでしょう?」
「いや、あの何で……」
「かわいいでしょう?」
 この人、これで押し通すつもりだ。
「ま、まあ……」
 どちらかと言えば恐怖を感じているので、曖昧にうなずいた。
「なら、いいじゃない」
「いや、よくないですよ!」
 微笑むエミリの背後で、クマは両手を挙げて傾いた。
「あらあら、面白いこと言うわね」
 それを見て、エミリはころころと笑う。
「何言語ですか!?」
「よろしくねお嬢さん、と言っているわ」
「て言うか、中に誰が入ってるんです……?」
「中に人などいないわ」
「いや、その……」
「中に、人などいないわ」
 笑顔のままで、エミリは首を横に振る。後ろのクマもうんうんとうなずいている。
「せっかく手伝いに来てくれたけど、もうチラシは配り終わってしまったわね」
「まだ結構残ってるみたいですけど……」
「配る相手がいなくってよ」
 授業終了から既に三十分以上が経過している。みんな部活か、それがないものは帰ってしまっているだろう。
「どれくらい受け取ってくれました?」
「それなりに。とは言え、あまり期待は持てないわ。これだもの」
 言いながら、エミリは優歌の眼前に残ったチラシを突き出す。
 チラシの文面は、あのクラブ紹介のプリントと全く同じであった。つまり、クラブ名と顧問の名前、そして「部員資格:人前で全裸にならない方」しか記述されていない。
「替えましょうよ、文面……」
「必要なくてよ」
「これじゃあダメだって分かってるのに、ですか?」
「必要ないのは新入部員だわ。優歌ちゃんが入ってくれたからね」
「あ、はあ……」
 エミリはどうやら、これ以上部員を増やす気はないらしい。一年生が一人で寂しい反面、これ以上変人が増えてもさばき切れないしいいか、とも思う優歌であった。
「本当はこんなことしなくてもいいのだけれど……」
 それでも一応、募集をしている格好でもしておかないと、「やる気がない」と目されて、部の存続が危うくなるかもしれないのだという。
「これ以上、どこかのクラブと混ぜられるのは嫌よ。また追い出さなきゃならないもの」
「追い出すんですか!?」
 確かにワンゲル部を追い出したと聞いたが。
 エミリの背後で、クマが両手を振り上げて、左に傾いた。
「そうね、あゆみちゃんも嫌がるものね」
「あゆみ先輩が?」
「ええ。去年の仕分けの時も、泣いちゃってね」
 後ろでクマも大きくうなずいている。このクマもよく事情を知っているようだ。
 もしかして、吾郎さんじゃ……。ふとそう思い、優歌はピンクのクマを頭の天辺から足の先までじろじろと見る。それで中身を透視できるというものでもないが。
「ところで優歌ちゃん。この後、何か用事はあるのかしら?」
「いえ、特にないですけど……」
「なら、部室で少し待っていてくれないかしら? 手伝ってほしいことがあるの」
「あ、はい。分かりました」
 創作するクラブに入ったとは言え、優歌はまだ作りたいものも、ジャンルもはっきりしていなかった。その間は周りの創作活動を手伝ってくれればいいわ、とエミリに言われ、そうすることになっていた。
「じゃあ、わたしはクマをかたして来るから」
 そう言って、エミリはクマを従えて第一校舎の方へ歩き去って行った。





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